宝石少女と男子高校生

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それから間もなくのこと。和樹のいる物置からでもよく見える換気口、そこから、重圧感のある音が鳴り出した。夕方のこの時間、和樹の母は夕食の準備に取りかかるため、台所にいる時間が多くなる。その時が来るのを、彼は待っていた。 この家の玄関は、物置とは逆方向に位置する。そのため、母が台所にいる間は、帰ってきた際の音は聞こえるだろうが、傷だらけの彼の姿を見られることはないと踏んだのだ。 和樹は急ぎ玄関方向へと駆け抜け、そのまま家の中へと入った。さながら、泥棒が空き家へ侵入するかのような光景であったが、彼にはそのようなことを気にする余裕はない。 慣れた動作で家の中へと踏み込むと、予想していた通り、彼の母は今まさに、何かに使用するのであろう大根へ包丁を下ろすところのようだ。 「ただいま」 一言だけ声をかける。和樹が帰ってきたことは、おそらく分かっているだろう母に対し、何も言わない方が逆に変に思われるだろうと考えての判断だった。 その言葉の送り先からの返答を待たず、自身の部屋へと向かうため、和樹はその足を速めた。 自室は2階、階段を登ってすぐ正面の部屋が和樹のものだ。部屋に入ってすぐ、和樹はボロボロになったワイシャツを袋に入れ、クローゼットの奥に一度しまう。その後、二人分の着替えを取り出した。 内の一つは、彼自身の部屋着。そして、もう片方も普段は彼の部屋着ではあるが、今回取り出したのは、別の理由があった。 和樹は、今一度部屋の外の様子を確かめ、母が台所から発する音を確認した後に、その戸を閉めた。 この戸には鍵がついていないこともあり、普段から誰でも自由にこの部屋を行き来することが出来る。そのため、母がしばらくはここまで来ないことを確認する必要があったのだ。 「よし、とりあえずは大丈夫かな…」 軽い独り言を吐き、右手にある指輪を左手でそっと撫でた。 「さっきは悪かった。また人の姿に戻ってくれるか?」
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