宝石少女と男子高校生

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この老人、やはり怪しい。先ほどの超人的身体能力だけでなく、一般学生に対して指輪を売り込もうとする言動。そして、今度はその指輪の価格までもあり得ないものを提示してきたのだ。 指輪に嵌められた透明感のあるその石は、おもちゃなどによく用いられるプラスチック製のそれではない。 陽光を反射させながら、どこか現実離れした輝きを放つそれは、石の価値など詳しくもない和樹の目から見ても、明らかに本物の宝石そのものであることが分かった。 "そんな指輪を、たったの500円…" 和樹はより警戒心を強めながらも、老人の言動の理由を探るため、思考を巡らせた。ただ、その思考はほんの一瞬で1つの答えへとたどり着く。そのようなこと、考えても無駄であると。 「いや…俺、アクセサリーとか興味ないんで」 それじゃあ、と小さく右手を上げ、ペダルを踏もうとしたその時だった。和樹のすぐ真横に立つその老人は、一度は抵抗を止め、一言、断りの言葉を放った少年へ対して更に驚くべき行動に出た。 一瞬にして和樹の背後へと回り込み、両腕を抑え込むと、右手に持つ指輪を制服の胸ポケットへ強引に入れようとしてきたのである。 和樹も抑え込みに対し、老人を振り払おうと抵抗するも、両腕をがっちりとホールドしているその力は相当強く、体の自由が効かない。 「500円でも嫌ならば、特別に"ただ"であげても良かよ?」 「ふざけるなよ、この指輪が500円とかタダだとか、そんなの余計に買えるかよ…!」 始めは、破格なまでに安価であれ、金銭を要求してきておきながら、いざ受け取らないとなると、次は無料で手渡すと。 これはいよいよ怪しい。この老人が不信感だらけであるのは言うまでもない。そうでなく、この指輪自体が、何か如何わしい品であるのではないか。 得体の知れない恐怖感を覚えた和樹は、老人の両腕の力がわずかに弛んだ瞬間を逃さず、恐怖感で強張った体で絞り出せる最大の力でそれを振りほどいた。 和樹は、急いでペダルを踏み込むと、直線で逃げ続けるのは難しいと判断し、通学路を大きく外れながら無我夢中で自転車を動かした。 幸い、その後老人が追いかけてくることはなかったが、和樹が学校に到着した時には、一限目の予鈴がなって10分ほど経過した頃であった。
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