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縦山陣。あの時から一度も忘れてないその名前。
半年前に深雪を救ってくれた恩人。
やっと、やっと彼にお礼を言える日がやってきたのだ。
「…たっ縦山くんあの…」
さっきはありがとう。それから覚えてないかもしれないけど実は…。
そう切りだそうと必死になって声をかけるが声が小さかったのか縦山は振り返りもせず歩いていく。
「あ…あの」
泣きそうになりながらそれでも声をかけ続けると、縦山の隣にいた男の子がくるりと振り向いた。
「陣お前呼ばれてっぞ」
なんだか柴犬のような人懐っこい顔立ちをしている少年が縦山をつついてくれた。
「ありがとう…」
咄嗟に彼には言えたが肝心の縦山には今だ言えずじまい。彼に呼ばれて振り向いてくれた縦山に見つめられると先程まで言おうとしていた言葉が綺麗さっぱり頭の中から抜け落ちた。
あぅあぅと壊れた玩具のように口を開けたままの深雪を不思議そうな目でみつめる二人だが、クラス順に並ばなくてはいけないことを思いだし深雪を連れて掲示板へ向かう。
「え…とお前名前は?」
「あ…っ。よ…横山深雪…です」
「俺は右紫朗。こいつの名前は知ってんだよな?何で?陣の知り合い?」
思わぬところでまたチャンスに恵まれた。今度こそと深雪は口を開きかけるが
「あったぞ。俺もお前もそれから横山も同じクラスだ」
と陣に遮られてまた逃す。しかし
「同じクラス!?」
とその重大な事実の方が頭を占めてしまって胸がどきどきと高鳴った。
高揚する気分に合わせて深雪は自分の頬が赤く染まるのがわかった。
だがそれすらも気にならないほど深雪は嬉しさのあまり微笑む。
「横山ってなんか可愛いやつだな」
こそりと呟いた右の台詞に、何故だか縦山は複雑な表情をしていた。
深雪の容姿はよく言えば中性的だがはっきりいえば女の子のようだ。
ふわふわと揺れる蜂蜜色の髪にミルクのような白い肌。触ると柔らかそうな手足にまるく大きな瞳。その瞳も蜂蜜色でうるうると濡れていた。
真っ白なチワワに見つめられているかのようななんとも庇護欲をかきたてられる存在だと言える。
右のように素直に可愛いと認めてしまうのは簡単なのだが…。
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