Honey Baby

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思わずぶるりと震えたままガバッと後ろを振向けば、鋭い牙をむき出しにしたエリザベスが深雪を睨みつけていた。 「や…」 目にいっぱいの涙を浮かべてぎゅっと縮こまり、少しでも身を守ろうと反射的に構えた時だった。 大きく跳躍したエリザベスとほぼ同時に深雪の前に身体を滑り込ませた者がいた。 バシィンッ。 鋭く大きな音が聞こえ、それが竹刀を振るった音なのだと深雪が気付くまでに時間がかかる。 キャウンッと一声鳴いてどこかへと走り去るエリザベスを呆然と見送りながら、深雪は自分よりも大分背の高い少年の背中へと視線を移した。 「…はかま?」 くるりと振り返ったのは、随分と精悍な顔立ちの少年だった。紺色の袴がびしっと似合っていて、そのオーラに圧倒されそうになる。きりっとした眼差しに射ぬかれるような気がしたが、怖いという感情は一切なかった。他校の生徒なのだろう。深雪は彼の顔を一切見たことがなかった。 こんなに格好いい男の子がいたら噂になっていてもおかしくはないのだから。 「怪我は?」 低く抑揚のない声。 ハッとして自分の姿を見れば、転んで泥だけになった挙げ句、肘や膝を擦りむいて痛々しいことになっていた。しかし、エリザベスに噛まれたとすればこの程度で済むわけではないので軽傷だと言えるだろう。 「あの…だいじょうぶ…です」 小さく呟いたその声はあっさりと無視されて少年は深雪の傍にしゃがみ込み、さっと抱きかかえてしまう。俗に言うお姫さま抱っこというやつだ。 「へ…あの…っ」 そのまま水道場まで抱えられていき、蛇口の上にある縁の部分に腰掛けられさせた。 「ちょっと待ってろ」 そう言い終えると格技場の方へ戻ってしまう。ぽかんとしている深雪をそのままにいなくなってしまった少年。 軽々と深雪を抱き上げてしまったその逞しい腕。同じ男だとは思えないほど自分の貧弱な身体がなぜだかとても恥ずかしく思えた。
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