一節 我が心は氷の間に降り来たらば

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 落下する幻想を見た。  自殺を行う人間はうつ伏せになって地面へと落下する。  仰向けに落下する者が居るならば当然、それは他殺の可能性が考慮される。余程物好きでなければ、だが。  故に、自分は誰かに落とされる格好で落下していく状況であることを理解した。  理解している。誰の手で「そう」なったのか。  このまま仰向けに落下すれば後頭部をフォローできず容易に死ぬことも。  だが、そこまでの経緯が欠落している。落下する半秒前に見ていた相手の顔が霞に紛れ見えなくなっている。  名前という記号ではなく、相手という現実味がない。  心の中がさらりと解け、意識がくらりと抜けていく。  落ちる感触の重さと生命の軽さの実感で、受け身を取れば生き延びられることを忘れてしまっていた。  このまま死ぬという選択肢もなくはない。それはそれで、『幸せ』だったのだろうと自問する。自答はすぐに返って
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