一節 我が心は氷の間に降り来たらば

3/10
前へ
/43ページ
次へ
『然(さ)に非ず』 ――きたのは、自分ではない何者かの声だった。  さにあらず。「そうではない」、ということなのだろうか。死を幸せと思うなと言いたいのか。  思考の円転から不可視の声まで記憶が正しければものの一秒足らず。体は、無意識に動いていた。  膝を思い切り伸ばし、すぐ足元の壁面を蹴る。  減じた落下速度のまま全身を丸めて頸部と後頭部を防護。  地面に突起物でもあれば後遺症のひとつもありえたが、幸いここにそう物騒な物体はない。  ぐっ、と喉から呻きが漏れるが、落ちたところから考えれば奇跡的とは言わずとも大分痛みは薄いものと思える。  動いたのは、自分の意思とは切り離された何かだった。勝手に動いた、という次元ではない。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加