プロローグ 歪み 果てるまで

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 人間の肉体は不便だ。  壊れやすく限界が早く反応に遅く、そのくせ意識下から切り離した過限界の挙動に於いては大型獣のそれと変わらない行為を可能とする。  仮に、理性ある人間と無い人間を競わせれば短期的に勝つのは間違いなく後者で、生き延びるのは前者だろうと想像がつく。  これは、恐らく肉体に関する基礎を知る者の共通認識だろう。  ならば、『長生き』などという理性を取り払った者ならどうか――ぎゅん、と風切り音を強く発した背後に振り返ることも無く身を傾げば、飛び込んでくる影がひとつ。  正面の壁が、崩れ落ちる。黒い影が正面から飛びかかってくる速度は、既に人体がひねり出すトップスピードを凌駕して久しい。接触まで、1秒とかからなかったはずだ。 「馬鹿が」  口をついて出た悪罵は、正面から突っ込んできた都合40kg強の肉体にではなく、迎撃に繰り出した右足にである。  レガースなどという慣れぬ自衛手段を用いるから動きが鈍るんだ、と苛立ちを隠さぬまま、「私」は両腕を前面に突き出した。常ならば前蹴りで顎を蹴り砕いて止めるだろうが、遅れたなら仕方ない。
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