一節 我が心は氷の間に降り来たらば

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○  事務机が盛大に揺れ、跳ねた受話器が再びオンフックになる直前で、『私』の手はそれを掬いあげていた。  自分の体を労ることばかりしている癖に、ネジが外れたらこのザマだから、『榊啓人は』本当に度し難い。  もう少し、突っ込んで言うのであれば『私』と『榊啓人』は言わば別人なのだが、先ずは目の前の、否、耳元の懸案が先だろう。 「……済まない。『整理』に時間を要した。八田上――刑事、でよいだろうか。階級は?」 「本当にお前、今のサカキと同じ奴か?」 「……同じだよ。嘘じゃない」  別に、シリアスに寄って何もかもを疑わせようと言う気はないが。  彼には少し穿った話し方に聞こえてしまったようである。  嘘じゃない。そう、声のトーンは違うかもしれないが本質的に『榊啓人の話し方』とそう遠くはないはずだ。  これでも『私』と『奴』の付き合いはそこそこ長いのだから許して欲しい……と思うのは、些か傲慢というものか。
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