プロローグ 歪み 果てるまで

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 飛び込むように突っ込んできた重量物、要は女性なのだがその膝を右爪先が捉え、減じた分のエネルギーで肉体のバランスを崩す。 前後してその両肩を掴めたことは不幸中の幸い。顎を引いて全身を後方に投げ出し、巴投げの要領でその肉体を放り投げた。  そのまま後転。受け身の姿勢で立ち上がったまま、左足を軸にして右足を大きく後方へ弾きだした。  踵と爪がかち合い、鈍いゴムの悲鳴が振動に乗って届く。  派手に放り投げたのに動きが鈍らず突進するなんて、どれだけ限界を超えているのか。 「あの男」なら躊躇したろうが、「私」が躊躇する理由はない。都合よく、左は壁だ。  踵が受け止めた衝撃そのままに半回転から、相手の体重と右足の重量、斜め上への位置エネルギーを大腿筋から絞り出す。  当然、痛みの感じない筋繊維の悲鳴など聞こえないので限界を超えて振り抜くが。  軽く左踵を上げて回転の摩擦を減らした動きは、見るものからすればバレエの動きに見えたかもしれない。  荒々しささえなければ、つま先からくるぶしまでの捻りでほぼ水平を保った右足が、ムエタイもかくやと言わんばかりの高さで振り上げられたのだ。しかも、その踵に人間をとらえたままで。  股関節に過度な負担をかけたスピンは、右足にかかる荷重が思いの外少なかったからこそ、数秒の維持を許してくれたのだ。  壁面が少女の躯を迎え入れ、深々と抱きしめてくれなければ二十そこそこの人間に出来る芸当ではない。
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