第1章-「それ」は突然にやってくる-

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周りは買い物袋をぶら下げた女の人や、僕たちみたいな学校帰りの学生がちらほらといるが、僕たちのように汗だくで息を切らしている通行人はいないだろう。 「・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 「・・・はは、・・・・・・くっくっ・・・」 「くくく・・・あっはっはっ!!」 しばらく息を整えたあと、踏み切りの遮断機の降りる警告音をバックに僕たちはお互いに顔を見合わせると誰からともなく腹を抱えて笑いだした。 「ははは・・・今思うと・・・逃げる必要なかったよな」 「だね、なんで逃げたりしたんだろ」 「はははっ・・・そうよね、なんでだろ。でもさ、なんか昔もこんなことしなかったっけ?なんか少し懐かしい気がするわよね」 葵はそう言うと、何かを考え込むような素振りを見せたあと、少し真剣な顔をする。 「ねぇ、太陽。昔と言えば・・・」 「おい、葵」 葵が言いかけた言葉を察したのか、和樹がこちらも真剣な顔に戻って制す。 「あんた・・・。・・・・・・わかったわよ、今のなしね」 葵はまだ何か言いたげな表情だったが、やがて諦めたのか、言葉をのみ込んでくれた。 「うん、そうしてくれるとありがたいかな」 僕の言葉に、葵は目を反らすと、石ころを蹴飛ばすように足を空振らせる。 電車が通り過ぎて遮断機が上がると、和樹が一歩踏み出しながら言った。 「でも、いつかちゃんと話はするからな。心の準備くらいはしとけよ?」 「・・・・・・」 僕は少し不機嫌気味な表情になりつつ、なにも言わずに歩き出す。 踏み切りを渡りきると、女の人や学生と混ざって僕たちも別れの挨拶もほどほどにそれぞれの自宅に帰った。  別れというのは唐突に、なんの前触れもなく訪れるものだという話をよく聞く。かくいう僕も、親戚の叔父や親の友人やらでその辺りのことは身をもって経験しているため、よく知っている。 だが、別れとは対極に位置する出会いというものも突然に起こりうることであると、僕はこの日知ることになった。 アパートに着くと、僕は自分の部屋のある2階まで階段であがり、207号室の前で立ち止まる。金属質な足音が止み、辺りに静けさが戻った。夕陽もほぼ沈み、明るい紫色に色づいた空はゆったりと雲と夕陽を運んで夜へと向かっている。 アパートの各部屋の玄関扉の前に設けられた白い電灯が、『テン・・・テテン・・・』と細かく点滅し、僕の帰りを待っていた。
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