第1章-「それ」は突然にやってくる-

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               ー1ー    風が静かに吹く。木々に生い茂った葉や、その隙間から漏れる太陽の光が同時に揺れ、涼やかな音色を奏でる。辺りの草花もそれに合わせて唄うように揺れ、若い落ち葉は踊るように舞う。そんな中、木の幹に背中を預け、その固くもしっかりとした支えを受けながら右手で本のページをめくるのが僕の休日の過ごし方だ。 特にこの夏はめっぽう陽射しが強く、最近のニュースや新聞では熱中症で倒れた人を数えることに大忙しだ。そういえば、先日のニュースではコンビニに強盗に入った犯人が五十万円を盗んで逃走しようと出入口を抜けた途端、熱中症で倒れたという珍報道がされていたっけ。 それだけの暑さだ。アパートで独り暮らしの学生の身分としては、エアコン代だってばかにならない。そのため、最近では節約の意味も込めてよくここへ来ることが多くなった。 ここはアパートから歩いて15分くらいの、距離にしてもそう遠くない公園のある一角だ。都会化の進むこのご時世には珍しく自然を多く残した公園で、生い茂った草花がこの場所を周りから目立たなくしている。僕の背にしている木はおそらく大人二人でやっと囲えるくらいの幹の太さを持っていて、そこから伸びる枝葉はちょうど良い具合に日陰を作ってくれていた。 ページをひとつめくるたび、涼やかな風が頬を撫でる。顔を上げると、木漏れ日が幻想的な景色を浮かばせ、本の中の場景をより色濃くイメージさせるのだ。  どれだけの時間こうしていたのだろう。ふと気付けば、辺りはオレンジ色に染まり始めていた。 「あー・・・やばいかも・・・」 いつの間にこんなに時間が経っていたのか。 本のいけない所を挙げるとするなら、それは本の世界に没頭するあまりに時間を忘れてしまうところだろうと僕は思う。おかげで和樹たちとの約束の時間には間に合いそうにない。どう言い訳をしようか。そう考えながら手に持った本にしおりを挟み、持ってきているバッグにしまって立ち上がる。それぞれジャンルの違う本が8冊入ったバッグは今にもはち切れそうなほどパンパンで、肩にかけると存在をその重さで主張してきた。 腕の時計を見ると、デジタル数字で18時半を示していた。
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