【一月】かくし芸の天才 

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 その日、初詣客の集まる京の至る場所に、人が一人乗れるくらいの木箱をひっくり返しただけの様な舞台が設置された。  そこに立ち、声高らかに人寄せをしているのは、大道芸人や瓦版売りなどではなく、なんとだんだらの羽織を着た新選組隊士達だ。  ある場所では原田左之助が自慢げに切腹傷を見せならが腹踊りをしているし、また別の場所では巧みな言葉で人を寄せ集めた永倉新八が簡単な手妻で人々を魅了している。  特に新選組の巡察担当地区で一番人の多い八坂神社の近くに配置された沖田は凄かった。  駒を紐の上で回したかと思えば今度は傘の上で升を転がし、更にはどこから出しているのか紙吹雪を舞わせている。  この大道芸を生業とする者も顔負けの沖田の芸に、始めは壬生狼が何をしているのかと警戒していた初詣客たちも引き寄せられるように舞台の周辺に集まり、喝采を浴びせている。  すると、見通しの良くなった道で、財布を掏って逃げようとしている男が一段高い場所にいる沖田の目に留まった。 「あそこです!」  沖田の近くで警備をしていた隊士が二人、ぱっと男を追いかけて駆け出す。  人通りの少なくなった道で男はあっけなく捕まった。  これが、沖田の考えた作戦だった。  新選組の隊士が道端で何か芸をすれば、人はその周りに集まってくる。  そうすれば道は開ける。  一段高い場所に居ればすぐに怪しげな人を見つけることが出来るし、人とぶつかる心配のなくなった道でならば新選組の隊士が遅れをとるはずなどない。  おまけに、隊服を着て芸をすれば新選組がここで目を光らせているという事が誰の目からも分かり、犯罪を未然に防ぐことが出来る。  この日の作戦はどの場所でも大成功に終わった。
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