第1章

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 実体化しなければ、物にも触れないし、触る事もできない。  ちなみに、直哉には羽が見えていた。  羽を動かすのは、手を動かす感覚に似ていた。飛ぶという事も可能のようだが、飛ぶ場合は羽で飛ぶのではないようだった。羽はあくまで、飾りに近く、地上に於いては結界になっていた。 「おし、直哉」  直哉も気合を入れて、羽で囲った空間に入った。手には、人形の服を握り締めている。 「見えた」  見えたと言うのはいいが、羽に衝撃が走っている。ムチで殴られているような感触がする。ふと羽を見ると、はらはらと羽が散っていた。 「…直哉、ごめん、早く。俺の羽、そう長く保てない」 「分かった」  直哉がスケッチブックを取り出すと、見えた物を絵で、文字で示し始めた。  ふと鶴の恩返しを思い出す。あれ、もしかして俺と同種かもしれない。羽を抜かれるのは、結構痛い。でも、羽は結界の能力を保っている。服に織り込んだら、いい感じの結界になるのかもしれない。  病避けとか、悪人避けになる。  羽の下、血が流れているのか。羽が赤くなっている、痛みの中で、妙な発見をした。羽には、血が通っていないのかと思っていた。 「典史兄ちゃん!」  御形の弟の一穂(かずほ)が泣きながら走ってきて、羽を拾っては元に戻そうとしていた。  抜けた毛が戻らないのと一緒で、抜けた羽も戻せない。でも、また生えてくるから大丈夫と言いたいが、結構ショック状態が激しい。 大量出血のような、貧血のような。 「直哉、俺、限界らしい」 「俺も。でも、場所、見えた」  羽を閉じると同時に、俺は立っていられずに、庭の芝に倒れ込んでいた。直哉も同じらしく、先に芝生で目を閉じていた。 「黒井!」  御形の声も聞こえる。御形が、抱き上げてどこかに運んでくれた。  羽も怪我すると、ショック状態になるのか。目を閉じていると、夢を見ていた。夢の中に直哉も現れると、夢ではなく、共有だと告げた。  海から吹く風の中に、棚田が見えていた。海に続く斜面を埋め尽くす、棚田。そこで、スケッチしている若い男。男がスケッチを終わらせ、細い道を登ってゆく、向かった先の斜面に、隠れるようにアトリエがあった。  アトリエからは、海が一望できた。若い女性が、コーヒーを淹れてくれる。笑顔が溢れるひととき、そのコーヒーカップのコレクションが並ぶ棚に、あの人形が在った。 「人形!」
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