第1章

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「ありません。俺の人形を作ろうとしていた時に、母は病状が悪化してそのまま亡くなりました」  直哉が、窓から庭を見ていた。  結論を出すのは早いが、一つ分かってしまったことがある。遊馬、生霊を飛ばしているから、影が薄いのだ。そこに存在しているというのに、どうも気配が希薄になる。  どこに生霊を飛ばしている。直哉の視線の先を確認する。 「人形だな…」  愛斗人形に生気を吹き込んでしまったのは、遊馬だったらしい。 「直哉、暫し、耳を塞いでいて」  俺は、共鳴を媒体に言霊を使える。遊馬と俺は、どこかが似ている。だから、楽に共鳴する。 「心は一つ、一つ故に大切にする」  心は一つで、生霊は戻ってくる筈。言霊はいいが、よく思いもよらない解釈が発生してしまうのだ。生霊を戻せと言っても、生霊を飛ばしている自覚が無ければ、通用しない。  遊馬の表情が明るくなってきた。生霊は飛ばしていないだろう。 「遊馬、トイレどこ?」  直哉、トイレと偽って、あちこち透視してくるらしい。 「突き当りの右側」  直哉が、トイレに行くと、遊馬がじっと俺の目を見ていた。 「なあ、黒井。御形との噂は本当か?」  何の噂だろうか? 「デキているのか?」  驚いて反論しなくてはと思うが、コーラを倒してしまいそうになるほど、動揺してしまった。 「そんなわけないだろ」  俺は、御形の家に住んでいるが、直哉と同室で、直哉とは従兄だと必死に説明する。 「だよな、ただの噂だよな…」  ただ全部は否定できなかった。それは、信頼の問題だ。 「ただ、俺は御形を誰よりも信頼していると思う。一緒に居るのは直哉の方が気楽で、何でも言えるし、つるんでいて楽しい。でも、御形は大切な存在」  遊馬がうなずく。 「分かるよ。俺も、真里谷とは付き合いは出来ないけれど、大切な存在だった」  付き合うなんて真里谷が言い出さなければ、ずっと親友で居られたと、遊馬がうなだれる。  遊馬は親友で居られたかもしれないが、真里谷はどうだったのだろう。  部屋に、誰かの気配がしていた。直哉でもない。 「この部屋…監視されている?」  ポツリと言ってしまって、遊馬は顔を上げた。遊馬は、ゆっくりとうなずく。 「黒井、試しにキスさせて」  何の試しなのだと言いたいが、俺も試してみたかった。
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