第1章

20/55
前へ
/55ページ
次へ
 人形は、目を離すと消えそうになるので、仕方なく俺は羽を広げ、羽と通常の結界との二重構造とした。稀に、初対面で俺の羽が見えてしまう人間が居る。出来るだけ外では、羽を広げて居たくなかった。 「腹減ったな」  昼食をとっていなかった。 「朝の残りがあるよ」  もしかして御形の母親、この事態を想定して弁当を造ったのではないか?と疑う程、まだ残っていた。 「冷めてもおいしい」  草叢だが、海からの風が吹いてきた。 「お前も食べるか?」  人形にいなり寿司を差し出すと、人形が笑った気がした。  瞬間、周囲が暗くなると、既に草叢は見えなかった。 「やっちまった」  人形が只者ではないのに、話しかけてしまった。これは、返事だ。 「直哉?」  直哉は無事なのだろうか。 「ここに居るよ」  直哉は地面に座って、まだから揚げを手にしていた。  人形が歩いてゆき、暗闇で立ち止まった。 「遊馬の生霊を解いてくれたお礼に、人形は返してやるよ」  人形が話しているのかと、よく見てみると、そこに黒いシルエットが見えた。 「でも、遊馬とキスするなんて…」  キスで動揺しているあたり、年は俺とそう違わないのかもしれない。大人という雰囲気は無かった。 「殺してやりたい」  言葉と共に、暗闇が濃くなった。じわりじわりと、冷気も下からやってくる。キスで殺されたら堪らない。しかも、監視されているか試してしまったキスだ。恋愛ではない。 「懐かしい世界だな」 「全くだ」   俺が羽を広げると、ほのかに光り、温もりがやってくる。  天使の居た世界は、闇に近かった。闇だからこそ、光を必要とし、光り輝く者を敬い慕う。寒かったからこそ、温もりの大切さを知っている。 「愛斗は、いつから遊馬が好きだった?」  俺達は、御形の家に救われた。何でもない家族の団欒が、多分、俺達の全ての温もりの出発点なのだろう。もう、見失わない。生きて、帰ると決めている。 「会った時からだ。遊馬を守るためならば、俺は何を捨てても構わなかった」 「守る為に去ったのに、どうして、又、現れた?」  どうして、遊馬を苦しめたのだ。遊馬も、真里谷が愛斗ではないかと、疑い、そして苦しんだだろう。 「会わずにはいられなかった。ずっと、触れたかった。触れたら、もっと触れたくなった…諦めきれなかった…」  静寂の中で、声だけが響いていた。 「抱きたかった…」
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

107人が本棚に入れています
本棚に追加