第1章

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 直哉と、思わず吹き出していた。遊馬、健康な男子だ。抱きたいというような存在ではないような。  でも、恋というのは、垣根のないものなのかもしれない。 『黒井!』  強い呼び声が、天井から聞こえてきた。御形の声だ。 「迎えが来ている。人形は、貰っていくよ」  羽で飛び上がると、光の筋が天井から幾本も降りてきた。眩しいなと思った瞬間、頬に殴られた感触があった。 「痛いぞ…」  御形が、俺の頬を殴っていた。まだ殴ろうとしているので、急いで手を止める。 「起きている、起こさなくていい」 「良かった」  御形が、俺を抱きしめていた。どうやら、弁当を食べながら倒れていたらしい。直哉も同様らしく、赤くなった頬を押さえながら、弁当を片付けていた。 「人形!」  手に持っていた人形が無い。 「そこに在るよ」  ガラスの扉の付いた箱に、札を貼られて納められていた。 「人形もこれで動けない。御形も少しは、こういうことが出来るのだよ」  御形の父親は、自慢気だ。確かに、札の威力はあるだろう。でも、真里谷から返して貰ったのだ、もう居なくなったりはしないだろう。 「この場所、よく分かりましたね…」  草叢の中まで、よく探したものだと思う。 「志信が、君たちの携帯電話から居場所を突き止めてくれたからね」  携帯電話を捨てようかなと、少し思う。けれど、こんなに遠くまで、御形の父親は俺達を探してくれた。 「人形、これで三体が揃って暮らせるな」  人形にもきっと、家族の温もりが必要だろう。 「黒井も雑賀も、人形を戻したから終わりで、止めてくれたいいのにな」  俺も、これで止めにしたいと思うが、愛斗と真里谷がどうにも気になる。  車に乗っても、御形は俺の手を握ったままだった。振り放そうとしたが、その度に、御形の哀しい目と、目が合ってしまい、きつくできなかった。  車は高速に乗り、心配した一穂から幾度も電話がやってきた。都度、俺は眠っていることにして、御形が対応していた。一穂は可愛いが、俺には多分、真里谷の監視が付いている。  真里谷が、一穂を狙ったら困る。  阿久津の美容室に寄り、人形を棚に安置したが、そこに遊馬の姿が無かった。  御形の家に着き、昼食を取っていない旨をうっかり言ってしまうと、御形の母親が、旦那を怒って叱っていた。子供のごはんの重要性を説いているらしい。悪い事をしてしまった。
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