第1章

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 商売道具でもあるので、水だけはいつでも持って行けるように、大量に買い置きしていた。好みは無いが、日本の水で、特に富士山の近くのものが、相性は良かった。 「人形、帰ってきたね」  それは俺達、昨日持っていったから。 「人形が帰ってきてから、愛斗の気配が濃くなった」  遊馬曰く、人形の目が、人間の瞳のように見えるのだそうだ。ケースの中から、阿久津家を見ている分には、まだいいのだが、目の気配だけ離れて遊馬を追ってくる。  遊馬の部屋、風呂、廊下、いつも目がどこかに在る気がしてならない。 「ここにも目があるか?」  俺の結界の中でも見えているのだろうか。 「どうだろう…」  互いに顔を見合わせる。真里谷の気配は、少なくとも家の近くにはあった。部屋の中にまで追って来られたのだろうか。 「試してみるか…」  御形に対して裏切りなのかもしれないが、俺と遊馬はどこかが似ていた。そして、多分、互いに惹かれてしまっているのだろう。表面では分からない、内包する孤独を、説明しなくても分かりあえてしまう存在だった。  試してみようと近寄った瞳が、どこまでも哀しくてせつない。この遊馬の明るさの中に隠れている孤独が、俺を引き寄せてしまうのだ。  肩に手を回していた遊馬の顔が近付く。しっとりと唇が触れあい、直ぐに離れる。目を見つめ合ってしまったが、言葉が無くても分かる。  例え明日が無かったとしても、この魂の寂しさを互いで埋めていたい。  激しく抱き合うと、唇が再び重なり合う。離れていたくない、その強い思いが重なりあう。床に倒れ込んだところで、ドアが開いた。 「御形?」  ノックの音が聞こえていなかった。言い訳のしようがない状況になっていた。 「又、来る…」  御形の顔が真っ青だった。 「待った、行くな」  御形の腕を掴んで引き留めた。言い訳はしないが、事情は知らせたい。 「真里谷の目があるか確かめたかった。ここは、俺の結界内だけど、結界内にまで目が付けられるならば、俺には太刀打ちできない」  御形は、俺の顔も見ない。詰られても仕方がない状況だったので、それ以上は言葉を出せなかった。 「俺は、黒井に惹かれた。冗談ではキスはできなかった」  遊馬が庭から走って飛び出して行った。御形を残して追いかけるか、ふと御形の顔を見ると、泣いたような、怒ったような表情をしていた。  俺が悪い。
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