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「黒井、俺、黒井に誘われると、どこまでも行きたくなるよ。ずっと、黒井をこの腕に抱いていたいよ」
居間で言っていい台詞ではないが、幸い、今日も阿久津の美容室は忙しい。ここには、家族は誰も居なかった。
「いいよ」
吸い寄せられるように、遊馬の腕に飛び込もうとしたとき、御形に肩を押さえられていた。
「目を覚ませ」
遊馬の中に、暗闇が見えていた。もうどうしようもない程の闇。どこまでため込んでしまったというのだろう。
「遊馬、被害者の会のメンバーが消えていたよ…」
御形が確かめる。遊馬の笑顔が、消えて、歪んだ、蔑むような表情になった。
「彼らは、消えて当たり前」
他に魂を封じられていた人々を、一人ずつ名前を呼び、確認して行った。
「相手を殺したいと思う時、自分は殺されていい存在だと気付くべきだ。正当防衛だよな」
ダメだ遊馬、存在悪は決して善にはなれない、真里谷は苦しんで生きてきた。殺戮や制裁をしてしまうことを、真里谷は自分に許していたわけではないのだ。
遊馬の心は、壊れていた。自分の心、その闇の中に堕ちてしまっていた。
でも、助けたい。遊馬の心に触れたとき、俺は一人ではないことが嬉しかった。俺は、遊馬に手を伸ばした。俺も、行く、遊馬とどこまでも。
俺の体は、御形に押さえられていた。
「真里谷、分かっているよな」
御形は、真里谷に確認する。真里谷は無表情でうなずいていた。
真里谷が遊馬人形を出すと、遊馬が肉体ごと吸い込まれていく。真里谷の表情が苦悩に歪んでいた。
その人形の中の魂は、真里谷でも助け出せない。遊馬を助けてと言ったのではないのか、真里谷。
俺が人形を奪い、中に手を入れようとすると、御形の手が止めていた。
「遊馬を救うと言っただろ?」
御形が首を振り続ける。
「これ以上、魂を傷つけない。それだけしか、今は救いがない」
俺が、御形の手を払おうとし、逆に抱き込まれる。御形が泣いていた。
俺も御形の胸で、腕の中で号泣してしまった。
「空間、移動しているから、泣いていい」
真里谷も、一人暗闇の中で号泣していた。
やがて、静かになった空間に、遊馬人形だけが笑っていた。
「遊馬は、俺が力を使わなくなり、窮地に立たされる度に、代わりに悪を引き受けてしまっていた。そして、魂に傷をつけ、粉々に割れていた。俺はそれを繋ぎ止めたつもりだった」
遊馬は誰よりも優しく、孤独だった。
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