第1章

48/55

106人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
 御形の家に帰る途中、自転車で坂を登っていると、どうしょうもなく涙が零れた。天使失格。どんなに沢山の人が居なくなったか分からないのに、遊馬一人が居なくなったことが許せない。  千人の人間よりも、遊馬の方が大切だった。ほんの僅かな時間で出会い、触れ合っただけなのに、ずっと離れたくなかった。  御形を傷つけてしまったのかもしれない。  御形の家の前で、自転車を停めると、先に車で送ってもらっていた御形が庭に居た。 「御形、ごめん」 「謝るな」  鯉が一匹死んでいた。御形は、死んだ鯉をじっと見ていた。 「鯉は殺していないよ…」  変なタイミングで、謝ってしまったのかもしれない。 「これは寿命だよ。かなり昔から居た鯉だから。ポチも、黒井にお別れを言いたかったろうなと思って、埋めるのをちょっと待っていた」 「ポチ?」  鯉の名前はポチだったのか。ポチは、食い意地の張った鯉で、いつも俺と目があった(ような)気がしていた。 「そうポチ。黒井にやたら懐いていた。犬みたいに付いてくるからポチ」  懐いていたのか、俺をエサだと睨んでいたのではなかったのか。  御形と裏手に穴を掘り、ポチを埋めて花を添えた。 「黒井、俺は黒井が好きだ。謝る感情ではないだろ、これ」  御形と、ポチの墓の前でキスをした。手を早く洗わないと、魚臭い。互いに、唇以外は触れ合わない、妙なキスとなった。 第八章 もこもこ  御形と映画を見て、次はどうすると聞かれた。決して媚ではないが、一つ、御形の願いを叶えることにした。 「俺の家」  御形が一度も来たことのない場所、そして、口に出して言ったことはないが、御形が、気になっていた場所。 「俺の家、行ってみたいだろ?」  御形、首を振ろうとしたが、出来なかった。 「行ってみたい!」  もしかしたら、俺を探して、家には来たことがあるのかもしれない。でも、中には入ったことがないだろう。少なくとも、俺は、案内したことはない。  バイクの二人乗りで、山奥の俺の家(実家)へと向かう。  霊能力者を家業としている俺の家は、山の上に在る。近所は無いが、常に同居の信者が居て、信者用の宿泊施設も併設していた。  寺である御形の家とは比較にならないが、一般家庭とは違い、かなり広い敷地はある。 「まず、母屋だよな」
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

106人が本棚に入れています
本棚に追加