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「勇者様……、ささ」
女はスプーンに救った粥を、勇者の猿ぐつわの方へ差し出す。
勇者の口を拘束している猿ぐつわは、中央に貫通した穴があり、そこから食物を通すことができた。
穴を通して流し込まれる粥を、勇者は飲み込む。
毎日一度、勇者と女がいる牢獄には食事が出された。
毎日変わらず、二枚の食器に粥が乗せられている。 味のない粥であり、ただ栄養を取るためだけのものだ。
両手両足を拘束された勇者は、それを女の介護を借りて食べていた。
そんな生活を続けて三日、その日、勇者は気が付いた。
「ささ、勇者様どうぞ」
女の差し出す粥を、勇者は首を振り拒んだ。
「勇者様…まだ半分しか食べておりませんよ」
「……」
違う、勇者は気が付いていた。 二枚の食器に入れられた粥、女はそれを取るとき、隠れるように自分の分を勇者の食器に移していることに。
それでも少なすぎる量だ。
痩せた女を、勇者を目で制した。
「……ありゃ、お気づきになりましたか?」
「…」
勇者はうなずく。
「お優しい……こんな状況でも、勇者様は…やっぱり優しいのですな」
「…」
「勇者様…おらを覚えておいでですか?」
女の問いに、勇者はうなずいた。
「ほんまですか…うれしかぁ」
「……」
「魔物に困ってたおら達を、救ってくださった恩、微々たるもんですが…返させてくだせぇ」
「…」
勇者は首を振る
「……勇者様」
「……」
「…ありがとうございます」
女は、あきらめたように、粥を自分の口へ運んだ。
二ヶ月が、何事もなく過ぎた。
そしてその日は訪れた。
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