1. 彼の日常

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「お疲れ様でした」 深々と頭を下げて、店を後にする。 右足を蹴り、エンジンをかけてヘルメットをかぶる。 ハンドルを回すと、景色が一気に流れた。 真っ赤な車体のゼファーと一体になり、道路を疾走する。 フルフェイスのヘルメットは、すべての音を遮断する。 狭められた視界。 見上げなければ、空は見えない。 雨を待たなければ。 ただ、それだけ。    ◇ 今日も、嫌な客が多かった。 「ただいま満席となっております。待ち時間は1時間ほどになります」 「えー、そんなに待てないよぅ」 甘えた声で、連れの男にしなだれかかる。 「彼女がこういっているんだ、なんとか席を作ってもらえないだろうか? ほら、あの席空いているだろう?」 指差した先にある二つの空席は、予約客のもの。 あと、30分ほどで来店予定だったはず。 ちらりと時計を確認してから、改めてそのように伝える。
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