世界一の冒険譚

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「どうしたのだ大臣、騒々しいぞ」 「兵士からの伝令によりますと、魔王は討伐されましたが、勇者どのもまた戦いで命を落としてしまったそうでございます!」 「なに、それはまことの話か。なんらかの間違いではないだろうな」 「はい。雲が晴れたのに気がついた魔王城付近の住民が様子を確認しに行ったところ、魔王のなきがらと、そのそばで果てた勇者一行を発見したとのことです」  王様は若者たちの死を嘆き悲しんだ。 「なんということだ。無事に帰ってくるものと信じていた。褒美も用意した。さらに世界一の冒険譚を作るべく、資材も人材も万端ととのっているというのに」 「王様、勇者どの本人は帰らぬ人となってしまいましたが、ゆかりある町や村の人々に取材をしていけば、勇者どのの行いが明らかになるのではないでしょうか」 「いや、勇者どのはまことに偉大な人物となったのだ。書物のためとさとられれば、実際は何もしていないような者が、さも勇者どのと懇意だったかのように発言し、不当に名を上げようとするかもしれぬ。虚偽の記載などで勇者どのの名を貶めることまかりならん」 「ですが王様、このたびの勇者どのの働きはまったくすばらしく、のちの世に伝えていかねばならないのも事実でありましょう」 「ううむ、よい手立てはないものだろうか」  しばらくのあいだ、王様と大臣、そしてそれぞれの専門家らで議論がかわされた。編さんを諦めることなく、しかし絶対にうそ偽りのない内容をめざして、方法が模索された。  そして1か月が経ち、書物はようやく出版されたのであったが。 『――こうして勇者一行は、人々の期待を一身に背負い、魔王討伐の旅へと出発したのである。 ( 中 略 )  やがて1年の月日が流れ、勇者と、それに劣らぬ仲間たちの命を賭した戦いによって、魔王は倒れたのである。われわれはこの平和が尊い犠牲のうえにあることを忘れず――……』  この数頁しかない書物が、世界一うすく価値のない冒険譚として人々に見向きもされなかったのは、言うまでもない。
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