第三章

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 まさに想定外の展開であった。  瀬戸内から押し寄せる怒涛の如き勢いで金子城へと迫った毛利軍に対して、石鎚山から吹き下ろす突風の如く新居郡の領民らがぶつかってきたのだ。  この想定外の展開にさすがの元長も驚かざるをえず、毛利軍の指揮系統に乱れが生じた。  なにせ領民たちは討たれても討たれてもきりなく毛利軍に押し寄せるのである。  ところどころで、 「やめよ、民百姓は討たぬ」 「我らは毛利軍である。長宗我部軍ではない」 「我らは土佐より伊予を解放に来たのだぞ!」  などなど、毛利軍の将兵は襲い掛かる領民たちに呼びかけるが、 「うるせえ!」  と怒鳴り返しては鋤や鍬を振るって毛利軍に襲い掛かるのである。 (伊予は土佐を千年恨むが如く憎んでいるのではなかったか)  元長をはじめとして、毛利軍の将兵は、てっきり領民たちに感謝されるものとばかり思っていただけに、この衝撃は大きかった。  彼らはいったい、なんのために戦うのか。 「殿、このままでは……」 「うむッ」  毛利軍は混乱し、元長ですら己の身を守るのが精一杯であった。それに苦々しい思いを抱きながら、 「陸に上がった者は東へ、まだ船にいる者は沖合へ、一旦退け!」  と号令せざるをえなかった。  一旦号令が下るや素早い動きを見せるのはさすが毛利軍であった。もとより将兵らはその号令をひたすら待っていたから、反応もなおさらに早かった。 「逃げるか、逃がさねえぞ!」  領民らは退く毛利軍を追おうとするが、 「もうよい、我らも退け!」  と元宅は叫んだ。  元宅の号令を受け、金子の郎党らは血気盛んになった領民たちをなだめながら、退け、と叫んでまわって。ようやくにして彼らも退きはじめた。 「ちッ」  義光は忌々しく舌打ちして元宅らとともに金子城へと引き返す。  城を出て毛利軍を迎え撃とうと言い出したのは義光であった。数の差があるとはいえ、城の中で亀のように閉じこもるのをよしとしなかった義光は一旦城外にて毛利軍と一戦をまじえて、己の強いところを見せたうえで城へ引き返すつもりであったが。  まさかの領民らの乱入により、その目論見は外れてしまって。毛利軍の雑兵を数人槍で薙ぎ倒した程度で城に戻らねばならぬ羽目になった。  ゆえに、 (伊予の土民風情が、生意気だ!)  と、腸(はらわた)が煮えくり返る思いを抱いていた。
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