第五章

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 元長はひとり、愛馬を下りて砂浜に立ち。瀬戸内海を静かに見つめていた。  軍勢は讃岐との境に近い伊予東部にて布陣していた。讃岐は黒田官兵衛がおさえたことで後顧の憂いはないが、焦りも感じていた。  その心には、「たかが四国、伊予」という油断があり。まさかその伊予攻めで手こずるなど思いもしなかった。  そんな中で小早川隆景からの伝言で動かず沙汰を待ち。同時に、元宅は討たれないと安堵している領民らの話も聞いた。 「さてどうなるか」  これが自分ならどうするだろうか。一度盟約を結んだならば、絶対に裏切らず、武士としてのけじめをつけて戦うこと、あるいは死を覚悟するであろう。  いかに領民が己の身を案じていたとしても、武士であるとは、そういうことだ。 「しかし、金子元宅なる者、うらやましい限りだ」  思わずぽそりとつぶやく。  領民が領主のために戦うなどめったに聞かぬ話である。はたして、毛利元就公ご在世であっても、領民たちはどこまで慕って、命を懸けてくれるであろうか。 (もし備中高松城攻めの際に領民たちが立ち上がっていたら、羽柴秀吉を追い払い、清水宗治殿は死なずにすんだだろうか)  などなど、ついつい考え込んでしまった。 (いやいや、我が国と他国の領民を比べても意味がない。今は戦に専念せねば)  頭を振り、雑念を振り払う。  しかし待つというのはやはりじれったい。 「殿!」  側近が息を切らして駆けつけてきた。 「なにごとだ」 「大変でございます。功を焦り抜け駆けをした者がおります」 「なんだと!」  じれったい思いをしていたのは皆同じであったが、ついに痺れを切らしてしまった者が出たか。  いかに軍律の厳しい毛利軍とはいえ、数が多ければ不心得な者はどうしてもいるということか。  とはいえ、それで己の監督不行が許されるわけではない。たとえこの戦に勝とうとも、ともすれば軍勢を統率できなかった責任を負わされて切腹をさせられるかもしれない。  死を恐れる元長ではないが、さすがにそんな不名誉な死に方はいやだった。 「ええい馬鹿め!」  急いで愛馬にまたがり、共を連れて抜け駆けした者を追った。
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