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狐塚は二年生の秋にクラスにやってきた教育実習生だった。
担任の男性教師に先導されて狐塚が教室に入ってきた時、あ、アーティスティックなメガネ男、と思った。
何十年もそれをかけて生きてきたみたいに黒縁眼鏡が馴染んでいて、身体の線はやや細く、背が高い。
けれど、格好いいというより変わっている印象を与える。
「初めまして。大阪の美大から来ました、美術担当の狐塚哲也です。教科担当は美術ですが、このクラスを受け持たせてもらうことになりました。短い間ですがよろしくお願いします」と、狐塚はさらりと述べた。
にこりともせず微かに頭を下げ、担任教師に教壇を譲る。
そして、教室の端にすっと立った狐塚を、私はじいっと見つめた。
黒縁眼鏡の奥に冷淡を隠すように教室を眺めている、と思った。
一人一人を見るんじゃなくて、騒がしい動物の集団を眺めるような見方。
それは勝手な想像に過ぎないかもしれなかったけど、私はそれを好意的にすら思って、唇の右端を上げて声を出さずにふっと笑った。
その時、斜め前の席の真理亜が振り返ってこっちを見た。
あ、見られた、と思う。
反射的におどけた笑顔を作る私に、「利香、笑っちゃってるじゃん。ひどーい」と、真理亜はひそひそと笑った。酷い?
「ちょっと無愛想だよね。まぁ、漫画みたいにイケメン実習生が来たりはそうそうないなぁって感じ」
さっきの笑いをそういう風に解釈したのか。
僅かに安堵して、「確かにね。高校生とか嫌いそう。うるさいんだよガキ共がって内心思ってそう」と、私も声をひそめる。
「分かる、分かる」
真理亜はほんの小さく声を立てて笑い、前に居直った。
私はまた、狐塚を見つめた。
教室全体に真っ直ぐで空虚な眼を与えている狐塚を。
でも、私はそれをいい眼だと思った。
私の視線が狐塚の頬をぴっと切って、白い頬に赤い血がジワッと滲んだら、いいのに。
そんなことを考えながら、狐塚を見つめた。
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