第1章

9/44
前へ
/44ページ
次へ
<二日目:2014年10月7日(火)> 「皆さんお早うございます。今日から僕が朝と終わりのホームルームをやらせて頂きます。では、出席を取りますね。まだ名前と顔を覚えられていないので、名前を間違えて呼んでいたら教えてください」 翌日の狐塚は黒いパンツスーツに白いシャツを着、白と黒の毛糸が混じってお洒落なグレーになったカーディガンを羽織っていた。 休み時間のざわめきが微かに残る教室の中、「秋田さん、綾部くん」と狐塚が名字を呼んでいく声と、「はい」「はい」と生徒が答える声が際立って聞こえる。 『他の生徒にも描けって言われたら面倒だから、秘密な』と、昨日、狐塚は言った。 似顔絵だから雑にと言った癖に二十分か三十分かけて私を丁寧に描いた狐塚が、また感情をストンと落としたような顔で生徒たちの名前を呼んでいる。 返事をした生徒の顔をチラリと見て、確認して、ただただ記憶倉庫に沈めていくように、軽く頷くだけ。 やがて狐塚は、「宮城さん」と私の名字を呼んだ。 一拍の間を置いて、「はい」と私が小さく答える声がそこに連なる。 その時、こちらを見る狐塚の眼のなかが、ほんの少しだけ揺れた気がした。 でも、気のせいかもしれないし、そうじゃなかったとしても、そこには大した意味なんてない。 「持田くん」 狐塚が次の生徒の名字を読み上げていく声を耳に受けながら、そう思う。 私はその日、狐塚と一度も話さなかったし、狐塚が他の生徒と談笑する姿さえほとんど見掛けなかった。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加