第1章

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大学のすぐ脇から聳える……というほど高くはないのだが、山口市内を一望できるであろう姫山は、大学祭の名前にもつけられるほどこの辺りでは馴染みのある山だ。 夕暮れになると、どこから湧いたのか、数多のカラスが姫山に向かって帰っていく。 「まだあるのかな、その井戸」 彼は憮然としている私を眺めながら呟いた。 「知らんよ、登ったことないし、登れるかどうかも知らんし」 鞄の中のポーチを掴み出すと、リップクリームを取り出した。 空気が乾燥している。 唇がすぐに荒れる私には必須アイテムだ。 「ああ。バイト行かんと」 リップのキャップを閉め、ポーチに放り込んで私は立ち上がった。 つられて彼も立ち上がる。 「ん、じゃ俺、サークル顔出してくる」 「……うん」 私と寛人との接点は少ない。 「今夜、行こうかな」 「ほんと?」 私のバイト先は居酒屋チェーン店。 週末ともなれば目まぐるしくて、せっかく来てくれてもアイコンタクトさえできないが、平日なら多少は顔も見れるだろう。 「待ってる」 「ん」 寛人は笑って、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。 そして、辺りに誰もいないのを見計らい、そっと唇を重ねた。 「リップの味がする」 寛人の悪戯っぽい笑顔はいつ見ても好きだなって思う。 だけど、きっと私の顔は浮かない。
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