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「いらっしゃいませー」
店にきれいに響く男の声。ハタチ前後でやけにヒョロ高いのその男は、わたしの顔を見るなり顔を明るくした。
「…え?もしかして、紗希ちゃん?」
わたしはその時、目の前の背の高い男が一体誰なのか、全く検討がつかなかった。
この前他大のサークルと飲み会を開いた時に知り合ったのだろうか、
それともなにかで講義が一緒なのだろうか、
にしてもやけになれなれしいな、
こんな男には気を付けた方がいいな…
などと考えあぐねていると、彼は眉を少しハの字にして、わたしをのぞきこむように身を屈める。
「…あれ?もしかして、ぼく、人違いしましたか?」
そんな彼の言葉に、思わず口を開いた。
「いや、わたしはあの…紗希なんですけど、すごく失礼ですが…どちら様でしたっけ」
すると彼は再び元気を取り戻した。
「やっぱり紗希ちゃんかぁ!懐かしいなぁ!…あ、ぼく、ハルタです、小学校でお世話になった」
最初はピンと来なかった。
けれど彼の顔を眺めるうちに、じわじわと脳の奥の方が熱を帯びる。
同級生にいじめられて泣いていた、あの頼りない背中。ぐちゃぐちゃの顔。
「…あぁ、はるくん!」
わたしの言葉に、彼は満面の笑みを浮かべた。
なにかバイトがさぼっているのを察知したのか、店長らしき中年の男性が奥から出てくるのが見えた。
「そうです!佐々木ハルタです!紗希ちゃん、久しぶりだなぁ!」
「こらハルタ!お客さんをナンパするな!」
「なっ、ナンパじゃないですよ。高村紗希さん。小学校でお世話になった、先輩なんです。久しぶりに会って、なんか感激しちゃって。」
いきなり彼にフルネームで紹介され、思わずまごつく。
「あ、はい、あのー、高村です」
それを聞くと、店長らしき男性は、くしゃっと顔を縮めた。
「あぁ、ハルタの恩人さんですか!こりゃどーも、店長の藤井です。どうぞ、ゆっくりしてってください」
「立ち話も難だし、紗希ちゃん、こちらへどうぞ」
「こらハルタ、恩人さんの先輩にちゃん付けはないだろ」
「あ、そか、つい…。えと、高村さん、どうぞ…?」
その彼のぎこちなさに、思わず口元が緩んでしまう。
「紗希でいいよ、なんか照れるし。はるくんこそ、大きくなったねぇ」
そんなわたしの言葉に、はるくんこと佐々木ハルタは照れ笑いをする。
「中学からあんまり変わってないですよ。…あ、でも、たしか紗希ちゃんは私立の中学だったんだよね」
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