なぽりたん物語

3/12
前へ
/12ページ
次へ
「いらっしゃいませー」 店にきれいに響く男の声。ハタチ前後でやけにヒョロ高いのその男は、わたしの顔を見るなり顔を明るくした。 「…え?もしかして、紗希ちゃん?」 わたしはその時、目の前の背の高い男が一体誰なのか、全く検討がつかなかった。 この前他大のサークルと飲み会を開いた時に知り合ったのだろうか、 それともなにかで講義が一緒なのだろうか、 にしてもやけになれなれしいな、 こんな男には気を付けた方がいいな… などと考えあぐねていると、彼は眉を少しハの字にして、わたしをのぞきこむように身を屈める。 「…あれ?もしかして、ぼく、人違いしましたか?」 そんな彼の言葉に、思わず口を開いた。 「いや、わたしはあの…紗希なんですけど、すごく失礼ですが…どちら様でしたっけ」 すると彼は再び元気を取り戻した。 「やっぱり紗希ちゃんかぁ!懐かしいなぁ!…あ、ぼく、ハルタです、小学校でお世話になった」 最初はピンと来なかった。 けれど彼の顔を眺めるうちに、じわじわと脳の奥の方が熱を帯びる。 同級生にいじめられて泣いていた、あの頼りない背中。ぐちゃぐちゃの顔。 「…あぁ、はるくん!」 わたしの言葉に、彼は満面の笑みを浮かべた。 なにかバイトがさぼっているのを察知したのか、店長らしき中年の男性が奥から出てくるのが見えた。 「そうです!佐々木ハルタです!紗希ちゃん、久しぶりだなぁ!」 「こらハルタ!お客さんをナンパするな!」 「なっ、ナンパじゃないですよ。高村紗希さん。小学校でお世話になった、先輩なんです。久しぶりに会って、なんか感激しちゃって。」 いきなり彼にフルネームで紹介され、思わずまごつく。 「あ、はい、あのー、高村です」 それを聞くと、店長らしき男性は、くしゃっと顔を縮めた。 「あぁ、ハルタの恩人さんですか!こりゃどーも、店長の藤井です。どうぞ、ゆっくりしてってください」 「立ち話も難だし、紗希ちゃん、こちらへどうぞ」 「こらハルタ、恩人さんの先輩にちゃん付けはないだろ」 「あ、そか、つい…。えと、高村さん、どうぞ…?」 その彼のぎこちなさに、思わず口元が緩んでしまう。 「紗希でいいよ、なんか照れるし。はるくんこそ、大きくなったねぇ」 そんなわたしの言葉に、はるくんこと佐々木ハルタは照れ笑いをする。 「中学からあんまり変わってないですよ。…あ、でも、たしか紗希ちゃんは私立の中学だったんだよね」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加