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大学に行ってるのだろうか。
それとも専門?
こんなところで働いているってことは、少なくともサラリーマンではないようだけど、もしかしてこのお店に就職しているのかな?
泣き虫の癖はいつなおったんだろう。
いつから一人でバスに乗れるようになったの?
爪を噛む癖は?
恋人とかいるの?
こんな好青年になってるなら、女の子は放っておかないんじゃないかな…?
そんな妄想を膨らませているうちに、気づいたら当の本人が、ニコニコ顔でわたしの向かいに座っていた。
いつのまにやらわたしの前には、頼んでもいない紅茶が置いてある。
まだ昼には早い店内は、わたしの他には誰もいなかった。
「はるくん、さぼってたらクビになるよ」
「大丈夫だよ、店長がいいって。店長紗希ちゃんのこと知ってるし」
「え、どこで?」
わたしの驚きに、テーブルの上のティーセットがチンッと音を立てる。
「ぼくが話したから。ぼくの小学生のときの思い出ってさー、ほとんどさきちゃんなんだよね。
だから紗希ちゃんはぼくの一番の恩人さんなんだって、前話したことあって」
「なに恥ずかしい話してんのよー!」
そんな彼の言葉に、思わずわたしの年上スマイルがくずれる。嬉しいやらはずかしいやら。彼のスマイルはくずれない。
「だって本当なんだもん!でも嬉しいなぁー、まさかこんなとこで会えるなんて!紗希ちゃんはそこの大学に通ってるの?」
「あ、うん…」
彼の急な話題転換に、どぎまぎしながら答える。まぁ、これ以上昔話されたら、わたしの身が持たない。
「やっぱ頭いいんだねぇ、昔から頭よかったもんねぇ」
「いや、大学の中では全然。はるくんは?」
「ぼく?ぼくは…一応、役者になりたいと思ってるんだ」
「役者!?」
ティーセットが音を立てるのは、本日2度目だった。
「うん。バイトしながら、小劇団で演劇やってる。
今度のオーディション受かれば、結構大きい劇団の端役もらえるんだ!
だから今はそれ、がんばってる」
「へぇー…はるくん変わったねぇ」
そう言って、わたしは思わず紅茶をすすった。
どうして彼の顔を見上げたとき、気づかなかったんだろう。
わたしの知らない彼の9年間、それは、とんでもなく長い時間だ。
そう思うと、やけに彼との距離が長く思えた。
自分の夢に向かって突き進む彼と、特に夢もなく、なんとなくちょっとしたメーカーにでも就職が決まればいいやと思っているわたし。
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