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「…はるくん、すごいや」
思わずこぼれた本音だった。
はるくんはへらっと笑う。
「いや、絶対紗希ちゃんのがすごいよ。だってすごい大学だよ、そこ」
「すごくないよ!!」
店内に、小気味のいいはずのシャンソンだけが響く。しばらくして、厨房の入り口付近から、店長の気配を感じた。
わたしは、はるくんの顔を見ることができなかった。
「あ、あの…ごめん、紗希ちゃん。…いやー、ぼくほんとデリカシーなくってさ、よく女の子に怒られるんだよね、またやっちゃった。
もーほんと変わんないな、おれ」
はるくん、ほんとは自分のことおれって言うんだね。
はるくん、女の子とそんなこと話すの?好きな女の子もいるんだよね。お絵かきのままじゃ、ないもんね。
少なくとも、わたしの知ってるはるくんは、デリカシーなんて気にしなかったよ?
「…はるくんは、変わったよ」
そう言って、わたしは佐々木ハルタの目を見た。
困ったような、でも、まっすぐに私を見つめるその目。
思わず怖じ気づきそうになりながら、わたしは続けた。
「はるくん、かっこよくなった。
昔はなにかあると、すぐわたしの腕つかんで、放さなくてさ。んでメソメソして。
いまのはるくんは、そんなことしないでしょ?
ちゃんとひとりで、学校も、劇場も、バイトも、デートにも、ちゃんと、行けるでしょ?」
そんなわたしの言葉に、佐々木ハルタはなにか言いたげに口を開いた。しかしそれをわたしが制止する。
「もう、わたしははるくんにとって、はるくんの思うような完璧な『紗希ちゃん』じゃないし、
はるくんはあの、わたしの知ってる泣き虫の『はるくん』じゃ、もうないもの。いまはただの、店員さんとお客さん、ってことで」
佐々木ハルタの開きかけた口が閉じた。目線がそれる。
その関係はきっと、彼の成長の面では喜ばしいはずなのに。
この物悲しさはなんだろう。
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