Ⅲ.その温もり

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「今日、暇?」 誰もいない教室で、比奈が一人帰りの支度をしていた。 俺はそのタイミングを見計らって、ゆっくりと彼女に近づいていく。 ゆっくりと。 だけど、俺たち二人だけの教室では。 その足音でさえよく響いて聞こえた。 彼女は振り返ることはなかった。 横顔がほんの少し見えるだけ。 無視されてるのか。 それとも気がついてない? 彼女のすぐ後ろまで近づいて足を止めた。 「今日、俺の誕生日なんだ」 顔を上げることなく、何も答えてはくれない。 それじゃあ顔が見えないんだって。 彼女が少し動くたびにサラサラと揺れる黒髪。 あの日、充の家で初めて比奈にあったときと似てるようで違う。 あの時は恥ずかしくて、真っ直ぐ見ることができなかった比奈を。 今は真っ直ぐ、こんなに近くで見つめてる自分がいる。 こうやって、比奈に触れてる自分がいる。 ポン、と。 彼女の肩に手を乗せた。
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