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「あっち、行こ。」
課長に言われて、立ち上がった。
「お姫様抱っこしてやろーか?」
振り返ってニヤッと笑った課長を見て、一歩、後ずさった。
そんな恐ろしいこと、して欲しくない。
重いだろうし。
「はははっ、ぎっくり腰になって明日、大阪に行けなくなったら困りますよ?」
自分の口から出た大阪という言葉に、自分で言っておいて、胸がチクリと痛んだ。
そうだ、行ってしまうんだったと。
いっそ、ぎっくり腰になってずっとここにいてくれたらいいのにと。
「・・・だな。困るよな・・・。」
ふにゃっと力なく、肩をすくめた様子に、私だけじゃなく課長だって一緒にいたいと思ってくれてるんだなと感じられた。
「ほら、あっち行こ。」
私の背中に手をまわして、寝室へ促してくれる。
こんなにも優しく私に触れてくれる手と、しばらくお別れになるんだ。
泣きそうな気持ちに蓋をして、泣かないようにしようと心に決める。
笑った顔が好きだって前に言ってくれたから。
精一杯、笑って見送れるように。
こっちに残してきた私が気になって、仕事に集中できない課長は課長じゃない。
やっぱり、誰よりも率先して前に出て皆を引っ張っていってくれる、だけど、嫌な上司ではない課長が課長だ。
明るく、明るく。
蚊帳の中に入って、布団の中に。
電気を消して、隣に入ってきた課長の腕にすり寄った。
あったかいなと。
「おっ、やる気まんまんか?」
課長の明るい声に、いつも通りを装った。
「どうでしょうね。」
「その気にさせてやるって、みゅーちゃん。俺、もうその気だしさ。」
どこまでも、いつも通りだ。
私を見下ろす課長の目は、どこまでも優しく微笑んで見えた。
私も笑って、課長の首に手を伸ばした。
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