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彼一人の中に、東洋と西洋が入り交じり、せめぎ合っているようだった。
「これは失礼いたしました、久川令夫人(LADY HISAKAWA)」
青年はにこやかに言った。
その言葉にも、老婦人は片方の眉だけをわずかに持ち上げ、不快を示して見せる。
「わたくしは好きではありませんね。そのように、何でもかんでも横文字で言い換えるのは」
それに――と久川前男爵未亡人慈乃(しの)は、見えない両眼でしっかりと青年を見据えた。
「相手の知らない言葉を次々に交えて、ぺらぺらとまくしたてる。相手に反論や疑問を差し挟ませず、考える余裕すら与えずに、自分の速度、自分のやり方で押し切ってしまう。あなたのしゃべり方は、商人のそれですらない。ぺてん師そのものですよ」
「これは……」
青年は一瞬、返答に詰まった。
が、すぐににやっと口元を歪め、声もなく笑う。まるで好敵手に出逢えたのが嬉しい、とでも言いたげな笑みだった。
そして、そんなしたたかな表情さえも、盲目の老婦人には手に取るようにわかってしまっているのだろう。
「ずいぶんと手厳しい、奥様」
「まったく、皆さんもどうしてこんな単純なことがわからないのでしょう。誰もかれも、やすやすと小悪党の口車に乗せられてしまうなんて」
けれどそう言う言葉ほど、彼女の口調に嘆きは感じられなかった。むしろ、どこかそれが当然だと言わんばかりの冷淡さすら漂っている。
「それで、わたくしに何の用かしら。あの薄ぼんやりの児島子爵閣下のように、わたくしにも持っている地所をすべてあなたに売り渡せというのなら、金輪際、お断りですよ」
青年は微笑んだ。老婦人の辛辣な物言いが、彼には心地よいようだ。淡い色の瞳が愉快そうにきらめいている。
「ずいぶんお耳が早い。博打で破産した児島子爵の家屋敷をぼくが買い取ったのは、つい二十日ほど前のことですよ」
「それこそ、時代は変わったのですよ。こんな片田舎にだって、電信も新聞報道もちゃんと届くのです」
慈乃はぴしゃりと言い返した。
だが――この老婦人の情報源は、けしてそれだけではあるまい。青年はにやりと口元を歪め、笑った。
維新と開国の混乱の中、一介の生糸商人から身を起こし、わずか一代で世界に名を馳せる大財閥を築き上げた、故久川敦(あつし)男爵。
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