プロローグ~第一章 仮面の令嬢

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「だ、大丈夫ですか、多恵様!」  ずぶ濡れになった歩が、池の中を這うように多恵のそばに近寄ってきた。 「いったいなにが――」 「じ、地震……。地震だと、思うわ……」  なかば茫然と多恵はつぶやいた。  言いながら、自分の言葉が信じられない。  目の前の光景が、現実だとは思えないのだ。  みごとな書院造りの母屋が、大きく斜めにかしぎ、凄まじい音をたてながらぐらぐらと揺らいでいた。  屋根が傾く。梁が落ちる。雪崩のように瓦が落ちてくる。 「お、お屋敷が――!」  つぶやいたのはどちらだったろう。  ふたりは、息もできない砂埃の中、もがきながら池の岸にあがった。  手に触れた地面が、まるでくずれかけた豆腐かなにかのように、とても頼りなく、得体の知れないものに感じられる。 「なんなの……。なんなの、これ――」  その時、ふたたび大地が揺れた。  午後〇時一分、第二震。  本震よりもさらに凄まじい揺れが、帝都を襲った。  続けて午後〇時三分、第三震。  わずか五分ほどの間に、マグニチュード7を超える揺れが連続して襲ってきたのだ。  百雷が鳴り響くような轟音とともに、今度は凄まじい横揺れが多恵と歩をはね飛ばした。  この揺れで、本震をかろうじて耐えた建物も、ついに倒壊した。  屋根瓦がばらばらと落ちてくる。まるで家が自分で振り落としているみたいだ。窓ガラスが内側からはじけるように割れ、破片が勢い良く飛び散る。柱や梁が折れ、壁が裂ける。  鼓膜を突き破るほどの轟音は、もはや何の音かもわからない。  視界がなくなるほどの砂埃とともに、二階建ての広い屋敷が、見えない手に押し潰されるようにべしゃりと潰れていく。 「歩さん!」  多恵はとっさに少年を抱きしめた。  爆発音が響いた。  最新式の瓦斯オーヴンを導入していた台所から火の手があがる。調理の火が引火し、瓦斯が爆発したのだ。  ガラスや瓦礫が横殴りの雨粒のように吹っ飛んでくる。  多恵は歩を抱きしめたまま、ふたたび池の水に飛び込んだ。  頭から水にもぐっても、まるで無数のこぶしに殴りつけられたような衝撃が多恵を襲った。  息が続かなくなって、水面に顔を出す。  吸い込んだ空気はひどく焦げ臭く、そして熱かった。 「多恵様っ!」  そして多恵は見た。
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