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「うらぶれた父親より可愛い妻の言うなりになるのが、世の男の常でございますわ。兄宮さまはもう、明石女御と、その父君の源氏の君の思いのままですわよ。次代の東宮は彼女の御腹からご誕生というのも、もう決定ですわね」
小侍従は腹立たしそうに言ったものだ。
しかしその構図――入内し、皇子を生んだ女御を通じて、彼女の父や係累が、帝や東宮を好きにあやつるその姿は、かつてお父さまが右大臣家の傀儡であった時とまったく同じ。ただ違うのは、後ろ盾の一族が臣下である藤原一門ではなく、同じ帝の血を受け継ぐ皇統源氏であること。
源、とは、その血の源流が帝に辿り着くという意味。
時流は、世の人々の見方どおりになってしまった。
退位され、内裏をお出になったお父さまにつき従って、わたくしも上皇にふさわしい小さな屋敷へと引っ越した。
その時初めて、わたくしは内裏の外へ出た。
内裏の外は、恐いものでいっぱいだった。
繰り返される天変地異。瘧やもがさ、都中に蔓延する流行り病。
少し強い風が吹けば、たいてい都を焼き尽くす大火が起きた。大内裏でさえ、何度も不審火が起こり、全焼しているのだ。
人々はなすすべもなく、ばたばたと死んでいく。
そのなきがらは、まるで朽ち木かごみあくたのように、道端に積み重ねられる。鴨の流れに投げ入れてもらえればまだしあわせ、大概は膿み腐れ、野犬共どもに喰われて、人の形もわからなくなるまで放置されるという。
「恐い、恐い。そなたも見てはならぬよ、紗沙」
一つの牛車に揺られながら、わたくしを抱きかかえるお父さまは、本当は反対にわたくしにしがみついておられたのかもしれない。
わたくしの異母姉である女二の宮も、ご生母の一条御息所といっしょに一条にある母君の実家にひっそりと引きこもるしかなかった。
他の姫宮たちは手放しても、わたくし一人をお連れになったお父さまに、世の人々はどうして女三の宮にのみあれほどの愛情を注ぐのだろうと奇異の目を向けたという。
だけど、なんのことはない。わたくしにはお父さまのもと以外、行くところがなかったのだ。
こんな時に頼るべき母方の実家が、ない。
冷泉帝のもとに入内して、後宮に残るという道もないわけではなかったけれど、秋好中宮を後見する源氏の君と張り合って、わたくしを支えていくだけの力は、もう「過去の人」になってしまったお父さまには、ない。
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