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朝顔姫宮は、亡き桐壺帝の姪にあたられる方。神の巫女としておつとめを果たしたあと、お一人できよくお暮らしとか。
「朝顔斎院さまは女三の宮さまよりお歳もずっと上。賀茂で神さまに仕えられた方ですもの、お一人でもしっかりお暮らしになれるほど、賢くていらっしゃったのですわ」
お父さまのわきから、ねっとりと甘く熱い声が口をはさんだ。
「朧月夜尚侍……」
退位したお父さまを見限って、大勢の女御、更衣たちが離れていく中で、彼女だけはお父さまにつき従い、三条の街にあるこの小さな別邸へ来たのだ。
お父さまも、ほかの数多い妻妾や、子供まで生んだ御息所にもそれほど未練は見せなかったのに、この尚侍だけはすげなく縁を切ることができなかったみたい。
……でも。
わたくしは、この女がきらい。
たしかに美しい女だと思う。
白い肌は絹のようにしっとりとつやめいて、その中で唇だけがぬめぬめと紅い。まるでそこに、あまたの虫を惹きつける妖しい花が咲いているよう。
わずかな身動き、お父さまのほうへほんの少し差し伸べる手の、その爪の先にまで、男に媚びる色気がからみついているみたいで。
わたくしは返事もせず、朧月夜を睨んだ。
「女三の宮さまは、おいくつになられまして?」
「……十五です」
「ほら。そんなお歳では、とうてい一人では生きてゆけませんことよ。ね、姫宮さま」
その呼び方をされるのは大きらい。でもこの女から親しげに「紗沙さま」と呼ばれるくらいなら、おおげさに宮さま宮さまと呼ばれたほうがまだまし。
「誰か、しっかりしたお方に姫宮さまのことをお頼みしなければ、お父君さまもご心配でならないのですわ」
いかにも優しそうに、同情を込めた眼でわたくしを見るけれど。
そのべたべたしたしゃべり方も、黒目がちに潤んだ目も、大きらい。
世の男たちはきっと、こういう熱っぽくまとわりつくような笑い方を、女の切なさとか言ってもてはやすのだろう。
同じ女の小侍従だって、朧月夜を
「弘徽殿母后の妹君とも思えませんわ、ねえ、あのお美しさ!」
と、賞賛する。
けれど。
だいたい、なんでこの女が、わたくしとお父さまとの間に、いるの。
右大臣家の姫でありながら、その最大の政敵である源氏の君と通じた女。
あまつさえ、他の男と通じた、穢れた身で、ぬけぬけとお父さまのもとへ参内した、恥知らず。
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