第1章

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 この閑院に移ってきてからは、そばに仕える女房たちの数も減っている。源氏の君のような大切なお客を迎える時には、お父さまに仕える女房たちだけでは手が足りず、わたくしに仕える女房を手伝いにやるのだ。  この前、源氏の君がお見えになった時も、小侍従は手伝いに行った。 「そう言えば、最初からなにかへんでしたわ。お二人のお話し合いが、途中からどんどんおかしなほうへずれていってしまって――」   【小侍従の語れる】  ええ、わたしは全部聞いておりました。  朱雀院さまと源氏の君がお酒を酌み交わされる間、おそばでお酌をつかまつっていたのは、このわたしでございましたもの。  こう言っちゃなんですけど、朱雀院さまにお仕えする女房たちはみな古参の者ばかり、薹(とう)のたったおばさんばっかりで。大事なお客さまの前に出られるような、ちょっと粋で小綺麗な女房って言ったら、それこそ手伝いのわたしくらいなもので――いえ、この話はちょっとこっちへ置いといて。  在位中とは違って、朱雀院さまは源氏の君と親しく並んでお座りでしたわ。  朱雀院さまはもともと、細面で柔和なお顔立ち。ご退位されて、また少し老け込んでしまわれたようでした。  それにくらべて、同じく廟堂の第一線から退いたとはいえ、源氏の君のすてきなことと言ったら……!  陰影深く、気品のあるお顔立ち。  堅苦しい冠ではなく、もう少しくだけた雰囲気の烏帽子直衣(えぼしのうし)のお姿でらっしゃるのがまた気さくで、若々しくて。重いご身分にふさわしく優雅にたくわえられたお髭がなければ、朱雀院さまのご子息に見えるくらいですわ。  白の単衣にさらに光沢のある純白を重ねる氷襲(こおりがさね)がこんなに映える男君は、この世にほかにいらっしゃらないでしょうねぇ。ふつうでしたら、軽々しくて嫌味に見えそうなものなのに。  深くやわらかなお声、控えめにたきしめた涼やかな香り。優しいお目もと……。  あ、いえ、そうそう、お二人のお話し合いの内容でしたわね。ええ、大丈夫です。一語一句、聞き逃してはおりませんわ。  朱雀院さまは、これまでにも何度か、紗沙姫さまのことを源氏の大臣にお頼みになられていたようですわ。
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