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「女三の宮は後宮へあがるのを望まないようだ。私も、あの子にそんな苦労はさせたくない。それよりは、臣下でも良い、あの子を大事にしてくれる男に託したいのだよ」
父親らしい優しいその言葉に、源氏の君も静かにうなずかれていました。
「あなたのご子息、夕霧どの。このあいだ、結婚したと聞いたが。学才もあり、人柄もおだやかで、廟堂での出世もめざましいというではないか。彼が独り身のうちに、いっそこちらから姫をもらってくれと頼むのだった」
酔いに紛れて冗談のように、朱雀院さまはそんなこともおっしゃいました。
「あら」
そばに控えていたわたしは、ついうっかり、口をはさみそうになってしまいました。
夕霧中納言がご結婚されていたからって、どうだというんです。身分の高い男は、妻の三人や四人、いて当たり前ですわ。
源氏の君をごらんなさいまし。六条と二条のお邸に、いったい何人の女君を住まわせていることやら。
まして、わたしが小耳にはさんだところでは、夕霧さまはとても真面目で優しいお人柄なのだとか。
幼い頃から筒井筒で言い交わされた幼馴染みの姫君と、何年もの悲しい別離の時間を乗り越えて、ついに想いを叶えられたのだそうです。
三月も会わなきゃ女の顔も名前も忘れてしまうような男が多い世の中で、なんて一途で情の深い男君でしょう。
そんなひたむきなお方に生涯大切に愛されたなら、紗沙さまっだってどんなにお幸せなことか。
それに、夕霧さまは二十歳になったかなられぬか。十五の紗沙さまとは、ちょうどお似合いのお年頃です。
ですが源氏の君は、困ったように苦笑されました。
「夕霧は誰に似たのか、どうも無粋で。妻は雲居雁(くもいのかり)一人、妾(しょう)も一人きりで良いなどと言うのですよ。新婚早々、可愛い新妻を泣かせたくない、などと申しまして」
あら、まあ。
もったいないとは思いましたけど、紗沙さまならきっと、そんなお幸せなご夫婦の間に割り込むなんて、絶対にいやとおっしゃるでしょうしね。
「私が女のことでいらぬ恨みばかり買っているのを見て、息子は、ああはなるまいと心に決めたようです。お恥ずかしいことですが」
「それなら、蛍兵部卿宮はどうだろう?」
わたし、えっ、と思いましたわよ。
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