第1章

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 だって蛍兵部卿宮は、朱雀院さまと源氏の君の弟君ですもの。叔父と姪、叔母と甥の結婚も珍しくないとはいえ、紗沙さまとは、それこそ父と娘くらいにお歳が離れてますわ。  源氏の君も首を横に振ります。 「では、柏木衛門督は? 太政大臣の長男だ」  今度は、うん、それなら、と思いました。  柏木衛門督は、たしか夕霧中納言より四つ五つお年上。それでもまあ、紗沙さまと不釣り合いなほどじゃございません。  真面目一辺倒の夕霧さまとくらべて、はなやかな遊び心もお持ちで、特に音曲の才能は並ぶ者もないとか。  それになにより、柏木さまご自身が、結婚するなら何としても皇統の姫宮をいただきたいと願い続け、ずっとお独り身を通しておられるそうなのです。  ……実は、その切なる願いを、わたしは柏木さまご自身からうかがっていたのです。  柏木さまの妹君は、新しい弘徽殿女御として冷泉帝の後宮にあがってらっしゃいます。  妹君のご機嫌うかがいなどで、柏木さまが後宮を訪れることも、珍しくなかったのですわ。  そんなおり、まだお小さかった紗沙姫さまをご覧になっていたというのです。 「女御と二人で、お人形遊びに夢中になっていた。そうそう、お前も一緒に遊んでいたじゃないか、あこや」  なんて、わたしの幼名までご存知で。  ねえ、覚えてらっしゃいません、紗沙さま? 女御さまのもとへ新しい絵巻物やきれいな鳥の子紙、唐渡りの香木など、太政大臣家からの贈り物をお届けにいらしてた若公達。  桜襲のお直衣がとても良くお似合いで。あの方が柏木さまだったんですわ。  紗沙さまだって、あんなお兄さまが欲しいっておっしゃってたじゃありませんか。  夕暮れ時、弘徽殿のほうから横笛の音が聞こえてくることもありましたわねえ。あの笛も、柏木さまが吹いておいでだったんですわ。きっと、紗沙さまのことを想いながら。 「小侍従、信じてくれるか? 私は姫宮の裳着(もぎ)がすんで、大人の仲間入りをされたらすぐにでも、朱雀帝に降嫁を願い出るつもりだったんだよ」  柏木さまはたそがれ時の薄暗がりにまぎれて、この別邸までお越しになったことがあるんですのよ。そしてわたしにこっそりおっしゃったんです。  その思いつめたご様子を、どうして疑うことができましょう。 「後宮で、ずっと姫宮を見ていた。……一度でいいから、紗沙と呼んでみたかった」
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