第1章

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 ちょっと、嘘でしょーっ!――て、わたし、思いました。  若い者は軽率だからダメ、だから私がって、その論理、ちょっとおかしくありません!?  お父君と同じようにって、そりゃそうでしょうとも。源氏の君はお父上さまの弟君、お歳だってもう四〇ですわよ! 紗沙さまよりでっかい息子がいらっしゃるんですから!  それに辞退するのも申し訳ないって、朱雀院さまがお頼みになられたのは、紗沙さまの親代わりになるってことで、どうしてそれが一足飛びに紗沙さまとのご結婚になってしまうんでしょう!?  朱雀院さまも、ひどくお困りのようでした。  源氏の君にまっすぐ見つめられると、おどおどとご自分から視線を逸らしてしまわれて。  ああほんとに、この方は、源氏の君には一生勝てないのね、そう思っちゃいましたわ。  それにくらべ源氏の君は、余裕に満ちておられましたわ。ことさら勝ち誇る様子もないのに、けして逆らうことを許さない、何かがあるんです。  いくらでも考えるがいい、けれど私は「否」という答は絶対に聞かない。――優しい笑みを浮かべたお口もと、静かに深い光をたたえたその瞳が、無言でそうおっしゃっていました。  端で見ていたわたしですら、背筋にぞっと冷たいものが走り抜けました。  甘ったるく恋歌を詠み交わしてらっしゃる源氏の君、美しい女から女へと遊び歩く遊蕩の貴公子は、この人の本当の顔ではない。  優雅にほほ笑むその奥に、もう一つ別の顔を持ってらっしゃる。わたしは、そう思いました。  もはやこの国で並ぶもののない権勢を誇る源氏の君、その本当の姿をかいま見たような気がしました。 「そ、そうだな……。あなたの言うとおり、それが一番良いのかもしれない」  朱雀院さまは、ぼそぼそと、まるで呻くようにそうおっしゃいました。 「この国に、あなた以上に頼れる人はいないと、東宮も言っていた。女三の宮はあなたにまかせよう」  その時わたくしの眼には、朱雀院さまがまるで逃げ場をなくした囚われ人のように見えました――。  小侍従に言われるまでもなく、わたくしは柏木を覚えていた。  忘れるはずもない。あの若い貴公子を、夜空にあかあかと燃えるまばゆい篝火が、そのまま人の姿をとって現れたような、あの青年を。  わたくしがまだ後宮で暮らしていた時。
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