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柏木は早くから横笛の名手として知られ、童殿上(わらわてんじょう)のころから、宮中での音楽の催しには欠かせない存在となっていた。
わたくしはと言えば、そのころはまだ、裳着にもほど遠いほんの子供。
内裏で行われる宴や催しも、昼はほかの女たち、女御、更衣、大勢の女房たちと一緒に御簾の陰から見ることが許されたけれど、夜は早々に寝所に追い立てられ、見物することはできなかった。
子供は早く寝なさい、の一言で、乳母と一緒に御帳台に押し込まれてしまった、あの夜。
そのくせ、乳母のほうが先に眠ってしまって。
小さくいびきをかいている乳母の横から、わたくしはするっと抜け出した。
だって、部屋の外からは人々の笑いさざめく声やかすかな歌声、妙なる楽の音が夜風に載って流れてくる。
格子には、篝火に照らされて、満開の夜桜が影を落とす。
とても眠ってなどいられなかった。
さいわい、宿直の女房たちもみな、こっそり宴を見物に行ってしまっていた。
几帳の影では、あこや――今の小侍従――が、乳母そっくりのすこやかな寝顔で眠っているきり。
誰に咎められることもなく、わたくしは薄い単衣一枚きりのまま、格子の外へ忍び出た。
夜の内裏は、昼間とはまったく違う世界に見えた。
ゆらめく篝火は建物にも庭木にも深い陰影を与え、その陰には絵巻物で見た魑魅魍魎がひそんでいるように思えた。
怖い。でも、どきどきする。
わたくしは息をのみ、遠く聞こえる楽の音に耳を澄ませた。
そんな時。
「こら。そんな恰好でうろついていたら、鬼か物の怪にさらわれてしまうぞ」
突然、頭上から声がした。
わたくしはあわてて上を――頭上に枝を広げる、桜の古木を見上げた。
そして、思った。
……あんなところに、桜の精がいる。
夜桜をそのまま衣に写しとったかのような桜襲の直衣。紫裾濃(すそご)の指貫(さしぬき)。黒い冠は少し歪んで曲がり、しゃっきりと硬そうな前髪がその下からこぼれている。
篝火を映してきらきらと輝く、黒曜石の瞳。
物語絵から抜けだしてきたみたいな美しい若公達が、太い桜の古木によじのぼり、その枝の上からわたくしを見おろしていた。
それが、柏木だった。
「あなた、だぁれ。そんなとこで何してるの」
怖れ気もなく、わたくしは訊いた。
「逃げてきたんだよ、あっちから」
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