第1章

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 けれど、そんな少女じみたあこがれや感傷なんて、現実の権威の前には、何の意味も持たない。  降嫁の準備は着々と進められ、わたくしはいやというほどそのことを思い知らされた。  わたくしがどんなにいやがっても、耳を貸してくれる者は誰もいなかった。  たまに返事が返ってくるかと思えば、 「そんなことをおっしゃってはなりません。源氏の君のお耳にでも入ったら、どんな怖ろしいことになるか……!」  小侍従の言うとおり、源氏の君は、勝者なのだ。  先々帝の息子、今上帝の後見。准太上天皇(じゅんだじょうてんのう)。もはやこの国に、源氏の君の思い通りにならないものは、ない。  その威光の前には、わたくしの意志など存在しないも同然だった。  如月の末、わたくしはお父さまの別邸から、源氏の君の御殿、六条院へ移された。正式に降嫁となったのだ。  輿入れの行列は、調度品やわたくしの衣装などを積んだ車がずらりと続き、名だたる貴族たちがみな参列した。さながらそれは、時期はずれの祭の行列のようだった。  大勢の女君たちが待ち受ける六条院で、わたくしが肩身の狭い思いをすることがないよう、お父さまが精一杯の用意を整えてくださったのだ。  ようやく桜のつぼみがふくらみ始めた六条院で、源氏の君は作法どおり自分で階まで出迎えに来て、牛車から降りるわたくしを抱き上げた。  お父さまの別邸などとは比べ物にならないほど豪奢で、広大な六条院。  邸内は東西南北四つの町に分かれ、それぞれ壮麗な寝殿造りの屋敷が建っている。庭にはいくつもの池や、人造の小川、滝まであり、広すぎて端も見えない。  わたくしの住まいとなるのは、そのうちもっとも美しく、方角も良いという東南の町、別名「春の御殿」だそうだ。そしてここが、源氏の君のつねの住まいでもある。  この御殿もまた、母屋に北の対、東の対、西の対、釣殿など、複数の大きな建物が回廊で結ばれた複雑な構成になっている。わたくしの住まいは、この御殿の中心となる寝殿。今まで源氏の君の住まいであったところだ。  見回すだけでめまいがしそう。  大内裏にある二〇あまりの役所全部がここへ引っ越してきても、まだ地所があまるのではないかしら?  本当に、ばかげているくらいの広さだ。  見とれるというより、その贅沢さになかば呆れてしまったわたくしに、源氏の君は小声で命じた。 「顔を隠しなさい」 「え?」
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