第1章

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「人が見る。早く扇をかざしなさい」  はっと気づけば、渡り廊下や高欄に、わたくしの輿入れに合わせて新規に召し出された女房たちが控えている。牛車の回りには、院から付き従ってきた貴族、役人たち。  身分の高い女は、つねに慎み深く、めったなことでは他人に顔を見せてはいけないことになっている。わたくしはあわてて、言われたとおりに扇をかざし、面を隠した。  そして扇の陰から、今度は源氏の君の顔をじっと見つめる。  ……どこかで見たような気がする。  こうして間近で顔を見るのは初めてなのに、なぜか、どこかで会ったような気がする。深い湖のような瞳とか、優美にとおった鼻筋とか。  しばらく彼を見つめ、そしてようやくわたくしは気づいた。  冷泉の帝に、そっくりなのだ。  冷泉帝には、後宮で何度かお目通りしたことがある。もちろん、こんなに近くまで寄ったことはないけれど。  それでも、帝のすずやかな美貌ははっきりと覚えていた。  そう気づいて、あらためて源氏の君の顔を眺めると、気味が悪いくらい、帝に似ている。  母が違うとはいえ兄弟なのだから、当然なのかもしれないけれど。  でも、同じ異母兄弟であるお父さまとは、源氏の君はあまり似ていない。 「どうかしましたか?」  不意に、源氏の君がわたくしを見た。  わたくしはぱっと眼をそらす。  人の顔をこんなにまじまじと見つめるなんて、行儀が悪いと叱られるかと思った。  けれど源氏の君は声には出さず、唇の端だけで小さく、笑った。 「まだ子供だね」  そしてわたくしを見据えた、眼。 「まあ良い。何事もゆっくりと教えてあげましょう」  冷たく、何の喜びも映していないその眼。  人間を見る眼ではない。  その時、わたくしは悟った。  この男にとって、わたくしは妻ではない。  互いに話をし、対等に向き合う「人」ですらない。  単なる「もの」なのだ。  お父さまから源氏の君へ差し出された、貢ぎ物。  柏木や蛍兵部卿宮や、他の男との結婚に、源氏の君が反対したのも当たり前だ。  自分への貢ぎ物をみすみす他の男にくれてやる馬鹿はいない。  かつて源氏の君を迫害した弘徽殿母后と右大臣一派。お父さまはその旗印だった。  一旦は彼らに敗北した源氏の君だが、やがて廟堂に返り咲き、それとともに右大臣一派はこの国の表舞台から一掃されてしまった。
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