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どうしてそんなに大きく政局が動いたのか、詳しい事情はわたくしは知らない。
廟堂を支配していた右大臣が突然の病であっけなくこの世を去り、同時期に弘徽殿母后も病に伏した。それらの不幸も、自分の眼疾も、すべて桐壺更衣、そして亡き桐壺帝の怨霊のせいだと怯えていたお父さまは、祖父と母の支えをなくして、ほとんど闘わずして帝位を投げ出してしまったらしい。
たとえ退位しても、お父さまに闘う気概があれば、源氏の君と同じことだってできたのだ。
すなわち、太上天皇、上皇として、東宮の後押しをし、今上の冷泉帝に圧力をかけて早々の退位をうながすこと。
そして譲位となれば、ふたたびお父さまの権勢だって盛り返す。なんといっても、今の東宮はお父さまのたった一人の息子、わたくしの異母兄なのだから。
実家の影響力が弱まれば、今は兄宮の寵愛を独り占めにしている明石女御だって、後宮での立場はもろくなる。
そこにすかざす係累の娘を押し込もうとする臣下は多いだろう。かつて廟堂を思うままに牛耳っていた藤原一門は、この皇統源氏の繁栄を面白く思っているはずがない。
その中でもっとも有益な者と手を組めば、この事態を巻き返すことだって、けして無理な話ではない。
なのにお父さまは、完全に白旗を掲げてしまった。仏門に入り、もはや政争の世界から完全に縁を切ることを宣言してしまった。
勝敗はもう、ゆるがない。
そして今、敗者となったお父さまは、降伏の証を要求されたのだ。退位、出家だけではまだ足りずに。
それがわたくし、内親王の、六条院への降嫁。
おそらく源氏の君は、息子の夕霧中納言がわたくしとの結婚を望んでいたら、反対はしなかっただろう。
けれど夕霧はそれをことわった。
それでやむなく、お父さまが差し出した貢ぎ物を自分で受け取ったのだ。
「軽いね。まるでかすみを抱えているようだ」
源氏の君の腕に抱えられて、わたくしはまるで荷物のように西の対へ運び込まれた。
わたくしは敗者から勝者へ引き渡された物品にすぎず、そしてこの男が自らの意のままにわたくしを抱くのも、当然のことだった。
「紅梅の匂ですか。良くお似合いだ」」
青緑の単衣に薄紅から濃き紅までの五つ衣(いつつぎぬ)を重ねた裳唐衣(もからぎぬ)は、この日のために新しくあつらえたもの。女の衣装の中でももっとも格の高い正装だ。
けれど、源氏の君は小さく笑った。
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