第1章

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 重い肢体が覆い被さってきた時、わたくしは自分の身体があまりにも小さいこと、あまりにも力なく、他者の意のままに簡単に撓められてしまうことを知った。  たしかにこんなにもわたくし自身が無力であるのなら、抵抗などできるはずもない。なにを考えようとも、みんな無駄だ。男の望むままになるしかない。  世の女たちはみな、男に抱かれるたびに同じような無力感を覚えるのだろうか。そう思った。  けれど……ただ、それだけ。  たとえば人の妻となった感慨、秘密を体験した喜び、そんなものはかけらもなかった。  源氏の君も、たいした感慨があるわけでもなく、優しげで物静かな表情の奥にどこか、まるで単純な義務をひとつ果たしたというような、退屈そうな影をひそめていた。  ……ああ、そうね。  わたくしはその横顔を見るともなく眺めながら、そう思った。  この人にとって、これは単なる儀式。お父さまが差し出した降伏文書に、承認の証として自分の名を書き入れる、それくらいのことにすぎないのだ。  臥所(ふしど)に身を横たえながらわたくしは、源氏の君が無言で身を起こし、一つ小さく吐息をつくのを聞いた。  そして夜もまだ明けないうちに、源氏の君はわたくしの寝所をすべり出て、東の対へと帰っていった。  女房たちはその態度に、あまりに素っ気ない、愛情が薄いと、こそこそささやき合った。 「だって紗沙さま、新婚の夜ですわよ。朝ぼらけになるまで新妻のそばにいるのが、夫の義務ってもんじゃございませんこと!?」  小侍従もさっそく文句をつける。 「姫さまは、源氏の君の正妻、北の御方ですわ! 源氏の君は朝までどころか、一日中姫さまとともにお暮らしになるのが当然ですのに!」  けれどわたくしは、早々とわたくしの部屋を立ち去ってくれた源氏の君がありがたいとさえ思っていた。  だって、そばにいられたって、お互い、何を話せばいいのかもわからないのだもの。  貴族社会には、妻と日常生活をともにせず、別居して独自の生活を送る男も少なくない。  正式に結婚したからといって、夫と妻がともに暮らす義務はないのだ。  身分の高い男はあちこちに恋人を作り、夜ごとに通う。そして、まだ夜も明けきらぬ早朝、かはたれ時の暗がりにまぎれて、こっそりと帰っていく。
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