第1章

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 そんな女との関係の中で、女の親元に交際が認められ、「所顕し(ところあらわし)」という披露宴を開けば、これが正式な結婚ということになる。  そうなっても女は依然として親の家に同居し、夫が通ってくるのを待つ。やがてはその中から夫の家に引き取られ、家政を任せられるようになる者も出る。これが正妻、北の方、ということだ。  複数の妻、愛人の中で、誰が北の方になるのかということに、決まった法則はない。実家の権勢、愛情の深さ、連れ添った時間の長さなど、いくつもの要因が絡み合って、自然と決まっていくものらしい。そのあたりの機微がわたくしにはよくわからないのだけれど。  わたくしと源氏の君のように、本人の意思に関係なく家同士の取り決めで結婚が決まった場合でも、最初は夫が妻のもとへ通う形式をとる。これを三日間繰り返し、その間は、一日中妻のもとに居続けることはできない。  源氏の君は、同じ春の御殿のうち、東の対に住む紫の上のもとへ帰っていった。  後朝(きぬぎぬ)の文はすぐに届いたけれど、わたくしは面倒くさくて返事も書かなかった。手紙に書けるほどの感慨や記憶なんて、なにもないのだもの。  逢瀬を交わした男と女は、別れてすぐに手紙をやりとりするのがならわし。最初は男から送られるこの手紙を「後朝の文」という。  このならわしをもないがしろにするのはさすがにみっともないと思ったのか、何もしないわたくしに替わって、年かさの女房がさりげなく返事を代筆してしまった。 「そりゃあ、今まではあちらのお方が北の御方(おんかた)でいらしたわけですけど。でも、今は違いますわ。紗沙さまがご降嫁になられた以上、こちらが正式な北の方ですわよ!」  この六条院で新しくわたくしに仕えるようになった女房たちを下がらせ、わたくしと二人きりになると、小侍従はさっそくかき集めてきた情報をおしゃべりし始めた。 「紫の上はたしかに、源氏の君にとって特別な方のようですわ。あの方が十才の時からお手元に引き取ってご自分で育てられ、妻になさったんだとか。でも、ご実家の支えもありませんし、所顕しもなさってないみたいですわ。つまり、正式な北の方とは言えませんの!」 「あら、そうだったの」 「んまあ、ずいぶん気のないおっしゃりようですわね、姫さま!」  なんて、小侍従は鼻息も荒く言うけれど。
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