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「大体、どういう神経をなさっているんでしょう、源氏の君って。紫の上と紗沙さまを、よりによって同じ東の御殿に住まわせるなんて! 地所や建物が足りないわけでもないでしょうに、お二人のお住まいをわざわざこんな近くにするなんて……!」
延々と続く小侍従の文句に、わたくしはろくに返事もしなかった。
わたくし自身、自分が源氏の君の妻だなんて爪の先ほども思えないのだから、しかたがない。
わたくしは、朱雀帝――右大臣派から皇統源氏派に差し出された、降伏の証であり、貢ぎ物。
この降嫁に必要だったのは、朱雀帝の内親王という身分であり、お父さまがもっとも愛した娘、という事実。お父さまの掌中の珠を献上させれば、源氏の君は満足だったのだ。
そこに、わたくし個人である必要はなにもない。
わたくし個人の資質や意思など、まったく問われることはない。
源氏の君も、わたくしを自分の妻などとは考えていないだろう。
わたくしを見る目つき、言葉の端々に、それは感じられた。
「まだ子供だね」
あの一言に、彼の思いのすべてが集約されている。
そして紫の上も、同じことを考えているに違いない。
わたくしが六条院に来て間もなく、紫の上は自分からわたくしのもとを訪れた。
悲しげに微笑するその表情には、わたくしへの同情がにじんでいた。
「わたくしは、宮さまとは従姉妹(いとこ)どうしにあたりますのよ。畏れ多いことかもしれませんが、どうぞ仲良くしてくださいませ」
低く抑えた、優しい声。
まるでその言葉だけで、聞く者の心をあたたかく抱擁するような。
丈なすみどりの黒髪、もの静かな笑みをたたえる、小さくふっくらとした唇。美しく、また年令にふさわしく艶麗ではあるけれど、それでもどこか「可愛らしい」と言ってしまいたくなるものがある。
彼女が子供を産んだことがないせいだろうか。
そして、静かな微笑みには、わたくしへの同情と、言い知れない淋しさがにじんでいた。
……この人も、知っている。
わたくしがなぜ、この六条院へ降嫁したか。この女性も知っているのだ。
おかわいそうに。
物言わぬ微笑が、わたくしを見つめる黒い優しい瞳が、そう言っていた。
――帝の姫宮として生まれたばかりに、周囲の都合に振り回され、男たちの政争の道具にされて。自分の意思を踏みつぶされ、勝者の意のままに扱われるのは、さぞおつらいことでしょう。
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