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そして、わたくしの六条院での暮らしが始まった。
御簾の向こうに見える美しい庭は、刻々と季節のうつろいを示していたけれど。
わたくしは、自分の周囲だけまるで時間が停まっているみたいに感じていた。
日がな一日、西の対の居間に座ったきり、ただじっと源氏の君の訪問を待つだけの日々。
わたくしにつかえる女房たちは、早くも源氏の君の訪れが少なすぎると、陰で文句を言うようになっていた。
「東の対の方に気兼ねなさってるんですわ。何が光る君でしょう、古妻(ふるづま)一人、思うようにあしらうことができないなんて!」
「こちらは内親王ですのよ。それこそ目の上に押し頂いて、朝な夕なにみ仏のように拝んでいたっておかしくないのに」
源氏の君なんて、別に来ないなら来ないでかまわないのだけど。
後宮にいた時から、退屈には慣れている。
むしろ、誰もそばにいないほうが気が楽なのだ。
つれづれに琴をかき鳴らしても、古い和歌を書き散らしたりして遊んでいても、源氏の君がいればどうしてもその視線が気になってしまう。
見るともなくわたくしのほうを眺めながら、胸の奥でわたくしと誰かをくらべている。扇に隠した不満そうな表情で、そのことがよくわかる。彼が、わたくしと誰をくらべているのか、も。
ほかの女のことを考えている男に抱かれたって、どんな喜びがあるものか。
丹念に優しく愛撫されても、わたくしの身体は冷たく固まったままだった。
ただ丸太ん棒のように横たわったまま、ひそやかなささやきにも何の返事もしないわたくしに、源氏の君もやがてあきらめたのか、臥所の中ではろくに話しかけもしなくなった。
まるで早く義務を済ませたいといわんばかりにそそくさとわたくしを抱き、そして夜が明けるのも待たずに、紫の上のもとへ帰っていく。
そしてわたくしの心と体は、さらに冷たく小さく、縮こまっていく。
わたくしが源氏の君を嫌っているように、彼もまた、わたくしを持て余しているのかもしれない。
お父さまから貢ぎ物として受け取ったのはいいけれど、お人形のように邸内へ飾っておく以外、使い道も思いつかなくて。
「いっそ本当の人形だったら良かったのに」
わたくしは小侍従に、つい、そうつぶやいてしまった。
「そんな、姫さま……」
そんな時は小侍従も、いつものおしゃべりをひそめて、わたくしといっしょにそっとため息ばかりついていた。
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