第1章

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 やがて、お父さまがとうとう念願の出家を果たされ、西の山に籠もられたと聞いた。  いつかこの日が来ると覚悟はしていたけれど、やはり胸の奥にぽっかりと大きな空洞が空いてしまったようだった。  もはやわたくしには、頼れる人はどこにもいない。  この世で、わたくしを愛してくれる人はいない。内親王ではなく、一人の娘、一人の人間として愛し、抱きしめてくれる人は、いない。 「あなたがそんなに嘆いていては、朱雀院さまの仏道修行にも差し障りになりますよ」  源氏の君のなぐさめも、わたくしには白々しく耳の中を通り過ぎていくだけだった。  そう、こうして心を閉ざしてしまえばいい。  源氏の君が何を言っても、わたくしのどこに触れても、すべて心を閉ざして何の反応もせずに。  そんなわたくしに、源氏の君は鷹揚に笑ってみせた。 「信じてはもらえないだろうが、姫宮さま」  まるで小さな赤ん坊に言い聞かせるような、優しく、どこかからかうような響きを含んだ声で、源氏の君は言った。 「そうやって私を無視しようとしているあなたが、私にはとても可愛いと思えるのだよ」  その言葉も、わたくしには到底信じられなかった。  けれどそんな時は、わたくしを抱く彼の腕にも少しだけ力がこもるような気がした。  執拗に首すじを唇でたどられて、さすがにわたくしも鬱陶しくなる。  源氏の君の手を邪険に払いのけ、わたくしは彼を睨んだ。 「……白々しい。わたくしのことなんて、何とも思ってないくせに」 「おや、ご機嫌斜めですね」  源氏の君は鷹揚に笑った。 「……朧月夜尚侍(かん)の君」  わたくしはぼそっと言ってやった。  一瞬、源氏の君も少し表情がこわばる。  彼は、お父さまが出家なさるとすぐに、かつての情人であった朧月夜尚侍とよりを戻したのだ。  お父さまのものを片っ端から取り上げようとするこの男もこの男なら、そんな男に易々と身体を許す朧月夜も、わたくしは許せない。  ひどく汚い。二人の関係は、わたくしにはそうとしか思えない。 「おやおや。どこにでも、おしゃべりな女房はいるものだ」  やがて源氏の君は、また小さく笑った。なぜか、とても愉快そうに。 「そんなに怖い顔をして。私を責めているんですか? 昔の女といつまでも手を切れずに、ずるずると関係を続けている私を」  わたくしは、返事もしなかった。  この男を詰問するのは、わたくしの役目ではない。
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