第1章

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 秋好女御は源氏の大臣が後見され、弘徽殿女御はかつての左大臣家の家長である大納言の一の姫。王女御(おうにょうご)は式部卿宮の姫君。  冷泉さまが即位されたあかつきには、どちらの女御が中宮、つまり皇后として立后するのだろうと早くも噂になっていた。  今上帝の姫宮とはいえ、後ろ盾になる母方の家や男兄弟(おとこはらから)のいないわたくしなど、ほとんど誰からも目を向けられることはなかった。  帝の皇子や姫宮は、ふつうはある程度の年令になるまで、内裏を出て母方の里で育てられる。けれどわたくしは里方を引き受けてくれる親類縁者すらいなかったため、異例中の異例としてお父さまのそばで、後宮で育てられたのだ。  そんなわたくしが、人民としての姓をたまわって臣下に降されることもなかったのは、お父さまがひたすらにわたくしをかばってくださったから。  実際、わたくしのお母さまも帝の血筋だったけれど、後押しする一族郎党がいなかったため、源姓をたまわってただびととなった身だった。  ふつうならわたくしもお母さまと同じ道をたどって当然だったけれど、お父さまはわたくしを手放そうとはなさらなかった。 「母のない、哀れな子です。この上、臣下に降ろして父親からも遠ざけるのは、あまりにも可哀想だ」  暗にわたくしの臣籍降下を迫った右大臣や母后に、お父さまはそうお答えになったとか。  だってわたくしは右大臣家の血筋ではない。朧月夜尚侍にお父さまの寵愛をすべて集め、なんとしても男皇子(おとこみこ)をと狙っている右大臣家には、ほかの女が生んだ子供など、男も女もすべて目障りでしょうがないのだ。  政治上の実権はほとんど母后の実家である右大臣家に握られていても、そのくらいのわがままは通してもらえるのだよ、と、お父さまはかすかに笑っておられた。 「紗沙。すまないね。力のない父で」  その姿は、男の人にしては少し華奢で、風に揺れる柳のように優しく、どこか心細そうだった。  背は高いけれど、いつもうつむき加減で、なかなか晴れやかなお表情(かお)を見せてくださらない。話すお声もぼそぼそとして、慣れた者でなければ聞き取るのもむずかしいくらい。 「それはそうでございましょうとも」  仲良しでおしゃべりの乳母子、小侍従は、そう言った。 「あんな弟君といつもいつも較べられていたら、誰だって卑屈になってしまいますわ」  お父さまの異母弟――源氏の君。
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